マジシャンは異世界人!?
翌日。各自の用事を済ませた俺たちは、夕方、俺の家に集まった。
「なあ、みんな。以前話したマジシャンのことを覚えているか?」
俺がそう切り出すと、京子と健三が顔を上げた。
「ああ、あの話ね。マジシャンが異世界人かもしれないっていう話でしょ?」
「そうでござる! あれは実に興味深い仮説でござるな!」
二人はすぐに思い出したようだ。
一方、佳苗は不思議そうに俺たちを見回した。
「えっ? マジシャンが異世界人なんですか?」
「ああ。実は前から、そんな可能性があるんじゃないかって話していたんだ」
「そうなんですか? でも、マジシャンって手品を使っているんですよね?」
「普通はそうなんだけどな。中には、どうやっているのか見当もつかないようなマジックもあるんだよ」
俺は少し興奮気味に説明した。
「なるほど。でも、それだけで異世界人だと考えるのは難しそうですね」
佳苗の言うことはもっともだ。
しかし、俺としては可能性があるなら調べてみたい。
「まあ、まずは実際にマジックを見てみようじゃないか」
俺はそう言って、テーブルの上にあったコインを手に取った。
「実は俺も、簡単なマジックならできるんだ」
「へえ、知也が?」
京子が少し意外そうな顔をした。
「まあ、見てろって!」
俺はコインを右手に乗せ、みんなに見えるように掲げた。
「今から、このコインを消してみせる!」
そう宣言して、右手でコインを握る。
そして、左手に移したように見せかけ、右手を開いた。
ところが……。
「あっ!」
コインは左手に移るどころか、指の隙間から滑り落ち、床に転がってしまった。
チャリン!
「…………」
一瞬、部屋が静まり返った。
京子は何とも言えない冷ややかな視線を俺に向けている。
「知也……。今の、何がしたかったの?」
「いや、今のはちょっと失敗しただけだ!」
俺は慌ててコインを拾い上げた。
「ふふっ。大丈夫ですよ、知也さん。最初は誰でも失敗しますから」
佳苗が優しく微笑んでくれた。
ありがたい。やっぱり佳苗は優しい。
ところが、健三は腕を組み、真剣な表情で口を開いた。
「知也殿、練習が足りませぬぞ!」
「お前にだけは言われたくない!」
俺の反論に、京子が吹き出した。
◇◇◇
「それでは、本物のマジックを見てもらうでござるよ」
健三はパソコンを開き、動画サイトで見つけた海外の有名マジシャンの映像を再生した。
画面の中では、マジシャンが一枚のコインを指先でつまんでいる。
次の瞬間、コインは跡形もなく消えてしまった。
さらに別の映像では、何もないはずの場所から大きな物体が現れた。
「おおっ! すごいな!」
俺は思わず声を上げた。
「これは見事でござるな。手元の動きがまったく分からないでござる」
健三も感心した様子で画面を見つめている。
京子は映像をじっと観察していた。
「確かにすごいけど、何か仕掛けがあるはずよね」
「それはそうだろうな。でも、どうやっているのか分からないから面白いんじゃないか」
俺は別の映像にも目を向けた。
今度は、マジシャンが観客の目の前で大きな箱に入る。次の瞬間、箱が開けられると、中にいたはずのマジシャンが消えていた。
「うわっ! これはどうなってるんだ?」
思わず身を乗り出した。
「知也、少し落ち着きなさいよ」
京子にたしなめられたが、そんなことは気にならない。
「いや、これは本当にすごいぞ。もしかしたら、異世界の技術を使っているのかもしれない!」
「また始まったでござるな」
健三が苦笑する。
「でも、どうしてそこにあるはずのものが、突然なくなったように見えるんでしょうね?」
そのとき、佳苗がぽつりと呟いた。
「ん? どういうことだ?」
俺が尋ねると、佳苗は少し考えてから答えた。
「例えば、コインが消えたように見えても、本当になくなったわけではないのかもしれませんよね。私たちが気づかないところに移動しているだけとか……」
「なるほどね」
京子が画面を見ながら頷いた。
「確かに、私たちが見ているものと、実際に起きていることは違う可能性があるわね」
「つまり、観客の視線を別のところに誘導しているということでござるか?」
健三も興味を示した。
「そう。人間の目や脳には、見えているつもりでも気づかないことがあるからね。そこを利用しているのかもしれない」
京子はそう言いながら、動画を少し戻した。
「例えば、手元の動きに注目させておいて、別の場所で仕掛けを動かすとか。視線の誘導や錯覚を利用している可能性があるわ」
「なるほど……」
俺は改めて画面を見つめた。
ただ物を消したり出したりしているように見えても、実際には人間の視覚や認識の仕組みを巧みに利用しているのかもしれない。
「それなら、映像を細かく分析すれば、何か分かるかもしれないでござるな!」
健三がキーボードを叩き始めた。
「動画を一コマずつ確認して、マジシャンの手の動きや視線、周囲の状況を調べるのよ。別の角度から撮影された映像があれば、さらに分かることもあると思う」
京子もノートを開き、気づいたことを書き留めている。
佳苗の何気ない一言が、思いがけず本格的な検証のきっかけになったようだ。
「佳苗、なかなか鋭いことを言うじゃないか」
俺がそう言うと、佳苗は少し照れたように笑った。
「いえ、そんな大したことじゃありませんよ」
「いやいや、重要な視点でござるよ! 見えているものと、実際に起きていることの違い。これは検証する価値があるでござる!」
健三が大きく頷いた。
「そうね。マジックの仕組みを調べることは、人間の認識や視覚の働きを理解することにもつながるわ」
京子も同意した。
俺たちの研究は、少しずつ形になってきたように思えた。
もちろん、マジックの仕掛けが分かったからといって、異世界転移に直接つながるわけではない。
それでも、普段当たり前だと思っている現象を別の角度から考えることは、決して無駄ではないはずだ。
「そういえば、もう一つ気になることがあるんだ」
俺は思い出したように口を開いた。
「新宿に、マジックバーを経営している有名なマジシャンがいるんだ。テレビにも出演している人なんだけど、かなり不思議なマジックを披露するらしい」
「へえ、そうなんだ」
京子が興味深そうに反応した。
「その人の映像も調べてみるといいかもしれないでござるな」
健三も乗り気のようだ。
「そうだろ? だったら、本人に聞いてみるのが一番じゃないか?」
俺は少し考えた後、名案を思いついた。
「そうだ! そのマジシャンに直接会いに行こう!」
「ちょっと、いきなり新宿まで行くの?」
京子が確認する。
「ああ! そして、あの人が異世界人なのか問い詰めるんだ!」
俺は自信満々に言い切った。
すると、三人の表情が一斉に変わった。
「ちょっと待って。何を言ってるの、知也?」
京子が呆れたように俺を見る。
「知也さん、それはさすがに失礼ですよ」
佳苗も困ったように微笑んだ。
「知也殿、いきなり問い詰めるのは無謀でござる! まずは礼儀というものがあるでござろう!」
健三まで反対する。
「いや、だって本人に聞くのが一番早いだろ!」
「だからって、いきなり異世界人かどうか問い詰める人がいる?」
京子の冷静な指摘に、俺は言葉を詰まらせた。
確かに、普通に考えれば失礼な話かもしれない。
しかし、もし本当に異世界人だったらどうする?
その秘密を知ることができれば、俺たちの研究は一気に進むかもしれないじゃないか。
「とにかく、まずは映像を詳しく調べましょう。会いに行くかどうかは、その後で考えればいいと思います」
佳苗の言葉に、京子と健三も頷いた。
結局、新宿のマジシャンに会いに行くという俺の提案は、あっさり保留にされてしまった。
どうやら、俺の思いつきだけでは研究は進められないらしい。
異世界への道は、まだまだ遠そうだ。
異世界研究は、なかなかままならないな。
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