第七話 消せないもの
シンパンカンは朝から不機嫌だった。
机の上に書類。
それはいつもとかわりない。
しかし今日は、その横に端末が置かれている。
画面には数字。
視聴数。
二百三十万。
更新。
二百三十二万。
更新。
二百三十六万。
「消したんじゃなかったのかい?!」
部下は答えた。
「国内の主要な配信元からは」
「じゃあなんで増えてる」
「国外の網へ流れています」
シンパンカンは大きく舌打ちした。
「国外に命令しろ」
部下は黙った。
「なんだ」
「命令できません」
「じゃあ要請だ」
「要請はしています」
「なら消えるだろ」
「消えていません」
シンパンカンは不満げに椅子にもたれた。
長いあいだ、彼女の仕事は簡単だった。
証拠があっても事件を消す。
証人がいても信用性を落とす。
記録があれば手続きを理由に排除する。
金と権力があれば、真実などいくらでも形を変えられた。
だが。
この映像は違った。
消しても増える。
禁止すれば複製される。
逮捕すれば、逮捕された人間の証言まで新しい映像になる。
「首相官邸からです」
電話が鳴った。
シンパンカンは受話器を取る。
キーツの声が飛び込んできた。
「なんとかせえ!」
「やっていますよ」
「全然消えてへんやないか!」
「国外まで司法権は届きません」
「そんなもん知らん!」
たたきつけるように電話が切られた。
シンパンカンはあきれてしばらく受話器を見ていた。
そして机に戻す。
部下が小さく言った。
「今までの事件も掘り返されています」
「何件」
「数え切れません」
「……数え切れない?」
過去十年。
不起訴。
不起訴。
無罪。
不起訴。
証拠不十分。
嫌疑なし。
それらを誰かが一覧にしていた。
政治家。
企業。
宗教団体。
同じ名前が何度も登場していた。
しかも、そのすべての映像の最後には
シンパンカン自身の名前が表示されていた。
「誰が作った」
「分かりません」
初めてだった。
シンパンカンは、
自分の名前が判決文の反対側にあるのを見た。
見慣れない場所に。
昼。
司法庁の前へ十数人が集まった。
夕方には百人になった。
翌朝には千人になった。
だれも叫んではいない。
ただ、紙を掲げていた。
そこに一行だけ書いてある。
――法は誰のものだ。
シンパンカンはカーテンを閉じた。




