↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亀裂【改】  作者: きじの美猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/12

第六話 誰かがやらなければならない

イシのところへ最初の資料が届いたのは、春だった。

送り主は不明。


キーツの演説映像。

歩行記録。

公開されている健康診断映像。

イシは何度も再生した。


右脚。

着地。

遅延。


右脚。

着地。

遅延。


人工組織の反応が、確実に遅くなっている。

机の引き出しを開けた。

二十年以上前の手術記録。

本来なら焼却したはずのものだった。


キーツ。

適合率、不十分。

神経接続、不完全。

人工組織、強制接合。

一部欠損。

長期予後、不明。


イシは目を閉じた。

あのとき止めればよかった。

しかし止められなかった。

金を受け取った。

脅されてもいた。

どんなに後悔していても、

自分が手を動かした事実は消えない。


玄関のチャイムが鳴った。

コクドが立っている。

「珍しいな」

いつもどおり返事はない。


コクドが封筒を差し出した。

中にはキーツの最新の身体データが入っていた。

「どうやって」

やはり答えはない。


イシはすぐに数値を見た。

顔色が変わる。

「いつからだ」

沈黙。

「本人は知っているのか」

コクドが首を横に振った。


イシはデスクへ戻った。

人工組織の劣化だけではない。

外部から信号が入っている。

遠隔制御。

しかも、その発信元はひとつ。

キョウソの組織。


イシは呟いた。

「これは止めなければならない。」

コクドが初めて表情を表し、イシを見る。

「壊れるだけじゃない」

イシは資料を握りしめた。

「壊される」


コクドはやはり無言だった。

「助けたいのか」

返事はない。

「国を選ぶのか」

返事はない。


やがてコクドは立ち上がった。

扉へ向かう。

イシはその背中へ言った。

「誰かがやらなければならない。」

コクドの足が止まった。

だが、振り返ることはなかった。


そのころ。

首都から遠く離れた地方都市では、

数十人の市民が倉庫に集まっていた。


教師。

運転手。

農家。

学生。

元官僚。

外国人もいる。


机の中央に一台の通信端末が置かれている。

ソウノクニから届いたものだった。

画面には、国外へ送信された映像が映っている。

消されたはずの記録。

不起訴になった事件。

消えた公金。

宗教団体から政治家へ渡った資金の使途。

キョウソと国外勢力の会談。

一つ一つは、小さな断片だった。

並べると、一本の線になっていく。


老人が言った。

「これを公開する」

若者が青ざめた。

「捕まりますよ」

「かもしれん」

「家族がいます」

「わしにもいる」

誰も喋らなくなった。

倉庫の外の雨音だけが続いた。


しばらくして、一人の女が立ち上がった。

「公開しましょう」

次に学生が手を挙げた。

賛意の挙手である。

運転手が続いた。

教師も続いた。

最後まで座っていた若者も、ゆっくり立った。


老人が端末に指を置く。

送信。

画面に文字が出る。

公開完了。

それだけだった。


雷鳴もない。

銃声もない。

誰も旗を持っていない。

だが、その夜。

国のどこかで一人の男が映像を保存した。

別の街で女がそれを複製した。

港町では船員が外国へ送った。

翌朝、役人が削除命令を受けたころには、

すでに数万の端末へ広がっていた。


昼には十万。

夕方には百万。

キーツはまだ知らない。

キョウソもまだ知らない。

オウも、シンパンカンも、タヌアも知らない。

ほんの小さな亀裂だった。

誰にも見えないほどの。


けれど一度入った亀裂は、

もう、なかったことにはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。