第96話「夜明け前に」
部屋に戻ったエレナは、荷物をまとめた。
三度目だった。
一度目は公爵に追われたとき。二度目は陛下に説得されたとき。三度目の今——。
今回は違う、とエレナは思った。
一度目も二度目も、エレナはルシアンのために去った。でも今回は——もっと深いところでの選択だった。
ルシアンを信じている。ルシアンが諦めないことも、戦い続けることも、分かっている。
でも——その戦いの間、ルシアンが払うコストを、エレナはずっと見てきた。
疲弊していく顔。眠れない夜。減っていく盟友。増えていく批判。
それら全部が、エレナという存在から来ていた。
(ルシアンに、これ以上戦わせたくない)
それが、エレナの答えだった。
机に手紙を書いた。
今回は、ルシアンへの手紙を書いた。
何度も書き直した。
最終的に、こう書いた。
『ルシアン様。あなたが戦い続けてくれることを、知っています。それがどれほど嬉しいか、も。でも——私のために戦い続けることが、あなたを削っていくのを見ていられません。私のことは、忘れてください。あなたには、もっと大きな使命があります。どうか、幸せでいてください。あなたの笑顔を、私は一生大切にします。エレナ』
書き終えて、手紙をたたんだ。
机の上に置いた。
荷物を持ち、部屋を出た。
廊下は暗かった。深夜で、人がいない。
庭の前を通った。
黒薔薇の株が、夜の中に見えた。
エレナは足を止めた。
「……また春に、咲いてください」
小さく言った。
それから——王宮を出た。
今回は、行先を決めていた。
王都から遠く、ルシアンが来られない場所。国境に近い、小さな村。
そこで——静かに、暮らす。
ルシアンの幸せを、遠くから願いながら。




