第94話「三度目の説得」
一週間後、国王がもう一度エレナを呼んだ。
今度は、前の二回とは違う雰囲気だった。
応接室に入ると、国王の他に、一人の女性がいた。
五十代の、品のある女性だった。
「王妃のマーガレットだ」
国王が言った。
王妃。国王の妻。エレナは一礼した。
「座ってください」
王妃が静かに言った。その声は、国王より柔らかかった。
「カール陛下から話は聞いています。エレナさん」
「はい」
「私からも、一つお話ししていいですか」
「……はい」
王妃が少し間を置いた。
「私も、最初は貴族ではありませんでした。地方の小領主の娘で、王家とは釣り合わないと言われていた」
エレナは少し驚いた。
「……そうだったんですか」
「カール陛下が選んでくれた。宮廷の反対を押し切って。それから三十年、一緒にいます」
国王が、王妃を見た。その目に、長年連れ添った者への静かな情があった。
「では——」
エレナが言いかけると、王妃が続けた。
「でも——その三十年に、ルシアンの立場も影響しています。王家の婚姻が一つ変わると、連鎖が起きる。私が王妃として入ったことで、ルシアンへの婚約話が増えた。釣り合いを取るために」
「……それは」
「エレナさん、あなたのことを否定しているわけではありません。ただ——王族の婚姻は、個人だけの問題ではないということを、身をもって知っているので」
エレナは黙って聞いていた。
「陛下は、あなたを嫌いではありません。ルシアンが変わったことも、評価しています。でも——時期が悪かった」
「時期が、ですか」
「セルディアとの問題、ガルデニアとの余波、公爵の件——全部が重なっている今、ルシアンの婚約問題が解決しないと、この国の外交が不安定なままになる」
エレナは少し間を置いた。
「……王妃様は、私に何を求めているんですか」
王妃が、静かにエレナを見た。
「しばらく——見えないところにいてほしいと思っています。ルシアンが婚約を受け入れるまで」
「それは、永遠に戻れないということですか」
「そうは言いません。でも——今は、距離を置いてほしい」
エレナは、王妃の目を見た。
嘘をついていない、とエレナは思った。この女性は、正直に話している。国のために、苦しいことを言っている。
「……考えさせてください」
「時間をあげます。ただ——長くは待てません」
エレナは一礼して、部屋を出た。
廊下に出た瞬間、足が重かった。




