第93話「エレナの葛藤」
その夜から、エレナは眠れなくなった。
国王の言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
ルシアンが重さを背負う。民が影響を受ける。ルシアンがお前を選べば——。
エレナは窓から庭を見た。
黒薔薇の株が、夜の中に見えた。
(光を知った薔薇は、もう枯れない)
そう思っていた。でも——光を遮断されれば、また暗闇に戻るのではないか。
エレナは自分の手を見た。
この手で、ルシアンを変えてきた。この手で、一緒に仕事をしてきた。
でも——この手が、ルシアンの重荷になっているとしたら。
翌日、エレナは仕事を淡々とこなした。
ルシアンと会うとき、普通に接した。笑って、話して、書類を整理した。
でも——胸の中は、静かではなかった。
リーナが言った。
「エレナさん、また遠い目をしています」
「……少し考えることがあって」
「また一人で抱えていますよね」
「そんなことは——」
「あります。分かります」
エレナはリーナを見た。
「……リーナは、鋭いですね」
「エレナさんをずっと見てきたので」
エレナは少し間を置いた。
「リーナは——好きな人のために、自分を犠牲にすることが正しいと思いますか」
リーナが考えた。
「犠牲、というのが引っかかります」
「どういう意味ですか」
「犠牲にする、という考え方が、すでに一人で決めているということだと思うので。好きな人と一緒に決めるなら——犠牲じゃなくて、選択になる」
エレナは、その言葉を受け取った。
「……難しいですね」
「難しいです。でも——エレナさんなら、ちゃんと答えを出せると思います」
エレナはしばらく窓の外を見た。
答えは、まだ出ていなかった。




