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黒薔薇の檻  作者: 麗夜
87/150

第87話「川沿いの小屋」

川沿いの宿は、宿と呼ぶより小屋に近かった。

旅人が立ち寄る程度の、板張りの小さな建物だ。炉の煙が上がっていて、中に人がいることが分かった。

ルシアンは馬を木に繋ぎ、扉を叩いた。

老いた主人が出てきた。

「若い女が来ていないか」

主人が少し考えた。

「……昼過ぎに来た。今は部屋にいる」

ルシアンは主人に礼を言い、中に入った。

廊下の奥、一番端の部屋。扉の下から、蝋燭の光が漏れていた。

ノックした。

しばらく間があった。

「……誰ですか」

エレナの声だった。

ルシアンは何も言わなかった。

少し間が空いて、扉が開いた。

エレナが立っていた。目が——驚きで見開かれた。

「…………」

「見つけた」

ルシアンが言った。

エレナは言葉が出なかった。

「今度は——どこへ行こうとしていた」

「……分かりません」

「分からない?」

「……行先を決めずに出ました。ただ、考えたくて」

ルシアンはエレナを見た。その目に、怒りはなかった。

ただ——疲れていた。

「中に入っていいか」

「……はい」

小さな部屋だった。ベッドと小さな机と椅子、それだけの部屋。エレナの荷物が床に置かれていた。

ルシアンが椅子に座った。エレナはベッドの端に座った。

しばらく、二人とも黙っていた。

川の音が、外から聞こえた。

「エレナ」

「……はい」

「なぜ、また出ていった」

エレナは少し間を置いた。

「……怖かったからです」

「何が怖い」

「あなたのそばにいると——流されます。あなたの言葉に、温もりに。流されて、いると言ってしまう。でも——それが本当に正しいのか、まだ分からなくて」

「何が分からない」

「あなたの重荷に、なり続けていいのかどうか」

ルシアンが、少し間を置いた。

「それは——私が決めることだ」

「でも、私も関係しています」

「お前が重荷だと思ったことは、一度もない」

「今は。でも、これから——」

「これからも思わない」

「言い切れますか」

「言い切れる」

エレナは俯いた。

「……あなたは、いつもそうやって断言します」

「断言できることだから」

「でも私は——」

「エレナ」

ルシアンが立ち上がり、エレナの前に膝をついた。

エレナは驚いて顔を上げた。

ルシアンが——床に膝をついて、エレナを見上げていた。

「何を——」

「お前に、聞きたいことがある」

「……はい」

「私と——生きてくれるか」

エレナは、息が止まった。

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