第88話「答え」
川の音が、静かに続いていた。
ルシアンが、エレナを見上げたまま待っていた。
エレナは、その顔を見た。
床に膝をついて、自分を見上げている男。王弟が、平民の前に膝をついている。それがどれほど——この男にとって、大きなことか。
エレナは少し間を置いた。
「……私は」
「ああ」
「重荷になるかもしれません」
「ならない」
「なるかもしれない、という話をしています」
「聞いている」
「あなたの選択が、国に影響することもある」
「知っている」
「それでも、と言いますか」
「それでも、と言う」
エレナは、ルシアンを見た。
この男は——変わった。コルヴィン村で初めて会ったとき、感情のない彫像のようだった男が。今は——床に膝をついて、エレナを見上げている。
その変化の全部が、この一年半の記憶と重なった。
「……一つだけ、条件があります」
ルシアンが少し目を細めた。
「言え」
「もう、一人で決めないこと。遠ざけないこと。どんな問題が来ても——一緒に考えること」
「……それだけか」
「それだけです」
ルシアンが、立ち上がった。
エレナの両手を取った。
「約束する」
「本当ですか」
「お前が証人だ」
エレナの目に、涙が浮かんだ。
「……泣くな」
「嬉しいので」
「毎回——」
「毎回本当のことを言っています」
ルシアンがエレナを引き寄せた。
「答えを聞いていない」
「……生きます」
エレナは言った。
「あなたと——生きます」
ルシアンの腕が、エレナをしっかりと包んだ。
川の音が続いていた。冬の、静かな川の音。
この瞬間を、エレナは生涯忘れないだろうと思った。




