第86話「エレナの足跡」
ルシアンは宿に戻り、荷物をまとめた。
近衛兵に言った。
「エレナを探す。ただし——今度は急がない」
「急がない、とは」
「お前は町に残れ。私は一人で行く」
「それは——危険では」
「問題ない」
馬に乗り、ルシアンは町を出た。
方向は——分からない。でも、エレナのことを考えれば、おのずと絞られる。
人が多い場所ではない。でも、完全な辺境でもない。薬草師が働ける場所、川か森が近い場所。
ルシアンは南の道を選んだ。
フェルン町から南に半日の距離に、小さな集落がある。名前はグリン村。川と森に囲まれた、さらに小さな場所だ。
馬を走らせながら、ルシアンは考えた。
エレナが二度逃げた理由を。
一度目は——私を守るため。国のために。
二度目は——何のために。
私の重荷にならないため、か。
(それは、お前が決めることじゃない)
ルシアンは心の中で、エレナに言った。
お前が重荷かどうか、決めるのは私だ。
お前が私を守りたいなら——私もお前を守る。それが、半分ずつということだろう。
なのになぜ、一人で決める。
午後になって、ルシアンは小さな集落に差しかかった。
村の入口に、薬草を売る老人がいた。
「旅人かい? この辺りでは珍しい」
「一人で来た若い女を見かけなかったか。黒髪で、目が深い色をしている」
老人が少し考えた。
「……今朝、通ったよ。川の方へ向かっていた。一人で、荷物を持って」
「川の方、か」
「ここから半刻ほど歩いたところに、小さな宿がある。そこに泊まるかもしれない」
ルシアンは礼を言い、馬を進めた。




