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黒薔薇の檻  作者: 麗夜
83/150

第83話「二日目の夜」【R18】

午後、エレナはベルタの薬草師の店に行った。

「突然で、申し訳ありません」

「訳ありで来たのは分かっていたよ。迎えが来たんだね」

ベルタが笑った。

「……はい」

「元気でね。あんたは丈夫そうだから、大丈夫だろうけど」

「ありがとうございました」

「こちらこそ。腕が良かったよ、あんた。また何かあれば来な」

宿に戻ると、ルシアンが一階のロビーで待っていた。

「済んだか」

「はい」

「では明日、出発する」

「分かりました」

その夜も、二人は同じ部屋にいた。

川の音が聞こえる。冬の夜は深く、空気が冷えていた。

「エレナ」

「はい」

「怖かったか」

「何が」

「ここに来てから——一人で」

エレナは少し考えた。

「怖くなかった、というのは嘘になります。でも——一人の時間は、嫌いではなかったです」

「なぜ」

「コルヴィン村にいた頃も、父が死んでから一人でした。一人でいることには、慣れています」

「慣れていることが、正しいわけではない」

エレナは少し笑った。

「あなたに言われました、以前も」

「覚えているか」

「全部覚えています」

ルシアンが、エレナを見た。

「全部、か」

「あなたが言ったことは、全部。最初の夜、宿屋で話したことも、庭で黒薔薇を見たときのことも」

「……私は覚えていないことがある」

「どんなことですか」

「最初の夜、お前に名前を聞いたとき——お前が少し強い言い方で返したことが、なぜかずっと引っかかっていた。でも最初は、何で引っかかるのか分からなかった」

「今は分かりますか」

「……逃げなかったから、だと思う。言い直しもしなかった。ただ、正直に返した」

エレナは少し間を置いた。

「それが——気になった理由ですか」

「十年間、誰も私にそういう返し方をしなかった。だから——」

ルシアンが言葉を切った。

「だから?」

「人間だと、思った」

エレナは、その言葉の重さを受け取った。

人間だと思った。それは——王弟として扱われることに慣れた男が、初めて対等な人間として見た瞬間だった。

「ルシアン」

「何だ」

「私もあなたを、初めて見たときから——人間として見ていました」

「知っている」

「だから、目が離せなかったんだと思います。あなたの目が綺麗だから、というのもありますが」

ルシアンが少し笑った。

エレナもつられて笑った。

その夜も、二人は長い時間を共に過ごした。

昨夜より、穏やかな夜だった。

焦りがなかった。ただ——確かめるように、ゆっくりと。

「エレナ」

「……はい」

「今夜も、名前を呼んでいいか」

「呼んでください。何度でも」

「エレナ」

「……ここにいます」

「エレナ」

「……ルシアン」

二人の声が、川の音に混ざっていった。

月明かりの中で、どちらともなく言葉がなくなり——ただ体温だけが残った。

この二晩のことを、エレナは生涯忘れないだろうと思った。

どんな結末が来ても——この川の音と、この月明かりと、この温もりは、自分の中に残り続ける。

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