第82話「二日目の朝」
朝の光が、窓から差し込んできた。
エレナは目を覚ました。
隣に、ルシアンがいた。
眠っていた。黒い髪が枕に広がり、いつもの張り詰めた表情が消えている。穏やかな顔で、静かに息をしていた。
(眠れた、ということは——良かった)
エレナはその顔を、しばらく見た。
見飽きない、と思った。いつも思う。
ルシアンの目が開いた。エレナを見て、目を細めた。
「おはよう」
「……おはようございます」
「眠れたか」
「はい。あなたは?」
「よく眠れた」
「草薬茶より効きましたか」
「……比べるな」
エレナは笑った。
ルシアンが、エレナの髪を梳いた。
「今日は?」
「ベルタさんに挨拶に行きます。引き継ぎを——」
「午後には済ませられるか」
「……はい、おそらく」
「では、午前中は——ここにいろ」
エレナは少し驚いた。
「珍しいですね。仕事を後回しにするなんて」
「今日だけだ」
「……分かりました」
二人は朝の光の中で、しばらく川の音を聞いていた。
女将が朝食を持ってきた。素朴なパンと、温かいスープと、チーズ。
二人で食べた。
ルシアンが、パンを一口食べた。
「……悪くない」
「食堂で食べたシチューと同じくらい美味しいですか」
「あれより素朴だが、温かい」
「同じことを言っていますね、いつも。悪くない、って」
「それ以外の言葉が出てこない」
「美味しい、と言えばいいんです」
「……美味しい」
エレナは笑った。
ルシアンが、エレナを見た。
「笑うな」
「嬉しいので」
「何が」
「ちゃんと言えたから」
ルシアンが、少し困った顔をした。そしてそれが——エレナには、何より愛しかった。




