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黒薔薇の檻  作者: 麗夜
81/150

第81話「霧橋亭の夜・一日目」【R18】

その夜、霧橋亭に二人でいた。

女将が夕食を運んできた。シチューとパンと、温かいワイン。質素だが、温かかった。

二人は向かい合って食事をした。

「……怒っていますか」

エレナが聞いた。

「何に対して」

「黙って出ていったことに」

ルシアンが少し間を置いた。

「怒っている」

「ですよね」

「しかし——お前の気持ちも、分かっている」

「どういう意味ですか」

「国のために、と思ったんだろう。私を守ろうとして、また一人で決めた」

「……はい」

「それは——やめろ、と言ったはずだ」

「一緒に考えると、言いましたが——今回は」

「今回も同じだ」

ルシアンがエレナを見た。

「一人で抱えるな。お前が言ったことを、お前が破るな」

エレナは少し俯いた。

「……ごめんなさい」

「謝罪は要らない。ただ——もうするな」

「はい」

食事が終わった。

外は冬の夜で、川の音が聞こえた。

ルシアンが立ち上がり、エレナの前に来た。

「エレナ」

「はい」

「二日間——お前がいなかった」

「はい」

「眠れなかった」

エレナの胸が、痛くなった。

「……ごめんなさい」

「だから言うな、謝罪は」

「でも——」

「エレナ」

低い声が、名前を呼んだ。

「……はい」

「そばにいろ。今夜は」

エレナはルシアンを見た。その目に、二日分の疲労と、それよりも深い何かがあった。

「……はい」

二人は、エレナの部屋に入った。

窓から川の音が聞こえていた。冬の川は静かで、低い音を立てていた。

ルシアンがエレナを引き寄せた。

最初は——ただ、抱きしめるだけだった。

強く、しかし壊さないように。エレナを確かめるように。

エレナもルシアンの背中に腕を回した。

「……心配しました」

エレナが言った。

「何が」

「あなたのことを。食事はちゃんとしているか、眠れているか」

「食事はした。眠れなかった」

「草薬茶を置いてきたのに」

「飲んだ。効かなかった」

「なぜ」

「お前がいなかったから」

エレナの目に、また涙が浮かんだ。

「泣くな」

「分かっています」

「目が——」

「光っています、知っています」

ルシアンが、エレナの顎を持ち上げた。

月明かりの中で、目が合った。

「離さない」

誓いのように言った。

「……知っています」

「今夜は——お前のそばにいる」

「……はい」

唇が重なった。

最初は静かだった。でもエレナがルシアンの首に腕を回した瞬間——何かが変わった。

二日分の不在が、二人の間で溶けていくように。

「ルシアン」

「何だ」

「好きです」

「……知っている」

「言いたかっただけです」

ルシアンが、エレナをより深く引き寄せた。

その夜、二人は長い時間を共に過ごした。川の音が聞こえる小さな部屋で、冬の月明かりの中で——二人の体温が混ざり合った。

ルシアンはエレナの名前を何度も呼んだ。確かめるように、刻み込むように。エレナもその名前を返した。

「……ん、ルシアン」

「大丈夫か」

「大丈夫……ここにいます」

「離さない」

「知っています……離さないでいてください」

ルシアンの腕が、より深くエレナを包んだ。

この夜に子が宿るかもしれない、という考えが、エレナの頭をよぎった。でも——止めなかった。止めることが、できなかった。

あるいは——止めたくなかった。

二人の間に生まれるものがあるなら、それはこの夜に相応しいと思った。

夜が深くなっていった。川の音だけが、静かに続いた。

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