第80話「再会」
夕方の光が、宿屋の窓から差し込んでいた。
扉が開く音がした。
エレナが帰ってきた。
草薬の入った布袋を持ち、外套に冬の冷気を纏って、宿の玄関を入ってきた。
そこで——立ち止まった。
ロビーに、人影があった。
黒い外套、黒い髪——フードを外した顔を見た瞬間、エレナは息を止めた。
「…………ルシアン」
「見つけた」
低い声だった。怒っているのか、安堵しているのか——どちらとも判断がつかない声だった。
エレナはしばらく動けなかった。
「……どうして、ここが」
「お前がどこを選ぶか、分かっていた」
「そんなはずは——」
「川のある、静かな場所。薬草師が働いている町。一人でも生きていける場所。お前の考え方は知っている」
エレナは布袋を持ったまま、その場に立っていた。
「……帰ってください」
「帰らない」
「婚約の話が——」
「断った」
エレナが、止まった。
「……え」
「セルディアへの返答は断った。兄上にも伝えた」
「でも、国の利益が——」
「エレナ」
ルシアンが一歩近づいた。
「お前がいない国の利益など、私には意味がない」
エレナの目に、涙が滲んだ。
「それは……」
「国のために婚約しろと言われた。でも——私がこの一年で学んだことは、そういうことではなかった」
「どういうことですか」
ルシアンがエレナの前に立った。
「人間として生きること。お前が教えてくれたことだ。国のために感情を捨てることが正しいなら——私はお前に会う前の、あの冷たい人間に戻るだけだ」
エレナは、涙が一粒こぼれるのを止められなかった。
「泣くな」
「泣いていません」
「目から水が出ている」
「それは……」
「エレナ」
「はい」
「帰るぞ」
エレナは少し間を置いた。
「……でも、陛下が」
「兄上とは、私が話す。お前が心配することではない」
「私のせいで、国が——」
「お前のせいではない。私の選択だ」
ルシアンがエレナの手を取った。
「私がここに来たのも、私の選択だ。誰にも言われていない」
エレナは、その手の温もりを感じた。
二日間、ずっと——この温もりのないところにいた。
「……すぐには、帰れません」
「なぜ」
「ベルタさんに、引き継ぎをしなければ。急に辞めるのは——」
「明日でいいか」
「……はい」
「では今夜は——」
ルシアンがエレナを見た。
「ここに泊まる」




