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黒薔薇の檻  作者: 麗夜
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第8話「王宮の冷たい空気」

王宮の中に入った瞬間、エレナは自分がひどく場違いな存在であることを悟った。

白大理石の床。吹き抜けの回廊。天井からぶら下がる、無数の蝋燭を抱えた大きなシャンデリア。壁には歴代の王の肖像画が並び、廊下の端には甲冑を着た近衛兵が立っている。

何もかもが大きく、何もかもが美しく、何もかもが——冷たかった。

石の冷たさ、大理石の冷たさ、それだけではなく——この場所に満ちた空気そのものが、何か冷たいものを含んでいる。

エレナは荷物を持ったまま、案内役の女性の後ろをついて歩いた。

「侍女頭のアグネス・ファルコと申します」

案内してくれた女性は、五十代くらいの小柄な人だった。白髪交じりの髪をきっちりとまとめ、灰色の制服を着ている。目が鋭く、何かを評価するような視線でエレナを見た。

「エレナ・コール様、ですね」

様、と呼ばれた。エレナは違和感を覚えた。

「様はいりません。エレナで結構です」

アグネスがわずかに眉を上げた。

「殿下の命で、あなたには侍女の中でも特別な位置づけを与えるよう言われております。それは私どもへの命令ですから、礼儀として様をつけさせていただきます」

「……分かりました」

部屋に案内された。侍女の部屋としては広い方だという。窓があって、外の庭が見える。ベッドはコルヴィン村の宿のものより柔らかい。

「明日から仕事の説明をします。今日はゆっくりお休みください」

アグネスが出て行った。

エレナは部屋の真ん中に立って、しばらく動かなかった。

静かだ。廊下から遠い部屋のせいか、外の音がほとんど聞こえない。

布袋を床に置いて、ベッドに腰かける。やわらかい。こんなベッドで寝たことは、ほとんどない。

「……すごい場所に来てしまった」

誰もいない部屋で、エレナは呟いた。

その夜、エレナは不思議なことに、コルヴィン村よりも深く眠れた。

翌朝、仕事の説明が始まった。

アグネスが丁寧に、しかし容赦なく、エレナの職務を説明した。書類の整理、来客の応対、殿下のスケジュール管理、執務室への連絡の取り次ぎ——。

「前任の者は?」

エレナが聞くと、アグネスがわずかに間を置いた。

「……突然の病で、王都を離れることになりました」

何かを言いたそうな顔だったが、それ以上は言わなかった。

その日の午後、エレナは上級侍女のマリア・ソーレンに出会った。

年齢は二十五、六か。背が高く、金髪で、整った顔をしている。宮廷育ちの立ち居振る舞いで、エレナを一瞥したときの目に、明確な侮蔑の色があった。

「平民が、どのような経緯でここへ?」

微笑みながら言った。笑顔の下に、刃がある。

「殿下にお呼びいただきました」

「まあ。珍しいこともあるものですね」

それだけ言って、去っていった。

エレナはその背中を見ながら、ゆっくりと息をついた。

(戦う場所が変わっただけだ)

宿屋でも、ヘルガの理不尽な怒りと戦ってきた。王宮でも、やることは同じだ。ただ生き延びて、仕事をして、前に進む。

それだけのことだ。

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