第65話「平行線」
翌日も、ルシアンはよそよそしかった。
書類の受け渡しはある。指示もある。でも、それ以外の言葉がない。エレナが補足しようとすると「いい」と言われる。退室するとき、引き止めない。
平行線だった。
エレナは、自分の感情を整理しようとした。
怒っているのか。悲しいのか。
両方だ、と正直に思った。
遠ざけることが保護だという気持ちは、理解できる。でも、その判断を一人でして、エレナに何も言わなかった——それは違うと思う。
一緒に考えると言ったのに。半分ずつと言ったのに。
その言葉は、どこに行ったのか。
三日後、アグネスがエレナを呼んだ。
「最近、少し気になっています」
「何がですか」
「あなたが、以前より静かになった。仕事に支障はないですが——目が、遠いです」
エレナは少し考えた。
「……少し、考えることが多くて」
「殿下との間で、何かありましたか」
エレナは正直に言おうか迷った。
「少し、すれ違っています」
「そうですか」
アグネスは少し間を置いた。
「一つだけ、言わせてください」
「はい」
「殿下は、人を遠ざけることが——保護だと思っている節があります。長年の癖です。母上を亡くしてから、大切なものを失うことを極端に恐れてきた。だから、近づけるより遠ざける方が安全だと体が覚えてしまっている」
エレナはアグネスを見た。
「……アグネスさんは、昔から殿下をご存知なんですか」
「殿下が十歳の頃から、この宮廷にいます」
「では——今の状況も、分かりますか」
「分かります。でも——」
アグネスが少し間を置いた。
「あなたが来てから、殿下は変わりました。遠ざける前に、話せるようになっていた。それが今、また元に戻りかけている」
「どうすればいいですか」
「諦めないことです。あなたがここにいることを、見せ続けること」
エレナは、その言葉を静かに受け取った。
諦めない。
それは——エレナの一番得意なことだ。




