第61話「すれ違いの始まり」
十月の半ば、グレインが新たな動きを見せた。
今度は評議会への申立ではなく、国内の貴族たちへの個別の働きかけだった。エレナへの称号付与に反対する署名を集め、国王への再審請求として提出しようとしているという情報が入ってきた。
ルシアンはその情報を掴んだ日から、明らかに変わった。
仕事の量が増えた。対応すべき貴族への根回し、国王との協議、法的な整備——それらが一度に押し寄せてきた。執務室の灯りが、深夜を超えても消えない日が続いた。
エレナも当然、傍で手伝おうとした。
しかしルシアンが、それを断るようになった。
「今夜は来なくていい」
最初はそれだけだった。一日、二日——エレナは理由を聞かずに従った。ルシアンが忙しいのは分かっていたから。
でも三日、四日と続くと、エレナは何か違うと感じ始めた。
書類を届けに行っても、ルシアンはほとんど顔を上げない。短い指示だけ出して、また書類に戻る。エレナが補足しようとすると、「いい」と遮られる。
(何かあった?)
エレナは考えた。でも思い当たることがない。
五日目の夜、エレナは思い切って聞いた。
「何かしましたか、私」
ルシアンが書類から目を上げた。
「何でもない」
「顔を見れば分かります。何かあります」
「仕事が多いだけだ」
「それだけですか」
「そうだ」
短い答えだった。それ以上は言わなかった。
エレナは一礼して、部屋を出た。
廊下に出てから、壁に背中をつけた。
胸の中に、嫌な引っかかりがあった。
(仕事が多いだけ、と言った。でも——何かが違う)
エレナには、その「何か」が分からなかった。




