第62話「沈黙の重さ」
六日目、七日目も変わらなかった。
ルシアンは必要最低限の言葉しか言わない。書類を受け取り、指示を出し、それだけで終わる。かつては仕事が終わった後も話していたのに——今はエレナが退室しようとしても、引き止めることがない。
エレナは、自分の中で何かが固まっていくのを感じた。
悲しみではなかった。怒りとも少し違う。
不安だった。
何が変わったのか、分からないまま距離が広がっていく——その不安が、じわじわと胸の中に広がっていく。
リーナが気づいた。
「エレナさん、最近どこか辛そうです」
「そう見えますか」
「見えます。目が……遠いです」
エレナは少し間を置いた。
「殿下と——少しすれ違っているかもしれない」
「どうしてですか」
「分からないんです。それが一番辛い」
リーナが心配そうな顔をした。
「話し合えないんですか」
「話し合おうとしても、何でもないと言われます」
「……それは辛いですね」
エレナは窓の外を見た。秋の空が、曇っていた。
「ルシアンが話したくないなら、待つしかないと思っています。でも——何が起きているのか分からないまま待つのは、怖い」
「エレナさんでも、怖いと思うんですね」
「いつでも怖いです。ただ、見せないだけで」
リーナが、そっとエレナの手を握った。
「私は、ここにいます」
エレナはその手の温もりを受け取った。
その夜、エレナはルシアンの部屋には行かなかった。
初めて、自分から距離を置いた。
行けば、また「何でもない」と言われる。そう思ったから。それよりも、少し時間を置く方がいいかもしれない。
でも部屋に戻って一人でいると、ルシアンの部屋の灯りが消える時間が気になった。
(今夜も遅くまで仕事をしているのか)
(疲れていないか)
(眠れているか)
心配はしていた。距離が開いても、それは変わらなかった。




