第59話「リーナの恋」
九月になった。
秋の気配が、王宮の庭にも来ていた。緑が少しずつ色づき始め、朝の空気が涼しくなった。
ある日の夕方、リーナがそわそわしていた。
「どうしたの」
エレナが聞くと、リーナが真っ赤な顔をした。
「な、何でもないです」
「顔が赤いよ」
「暑いので」
「もう秋だよ」
リーナがますます赤くなった。
エレナは少し待った。
しばらくして、リーナが小さな声で言った。
「……カルセンの使節団に、同行していた書記官の方がいたんですが」
「ヴィン・アラス書記官?」
「……覚えているんですか」
「書類に名前があったので」
リーナが俯いた。
「先月、使節団が帰る前に——少し話して。また来るって言っていただいて」
「それから連絡が来たの?」
「手紙が……」
リーナが顔を上げた。目が輝いていた。
「来ました。王都に戻る機会があるって」
エレナは少し笑った。
「それは、嬉しいですね」
「でも……私みたいな侍女に、外国の書記官なんて釣り合いが」
エレナはリーナを見た。
「釣り合い、という言葉を使うときは、注意してください」
「え?」
「私も言われましたから、その言葉。でも——大事なのは、相手がどう思っているかでしょう。手紙を送ってきたということは、その方はリーナのことを気にしているということです」
リーナが少し考えた。
「……でも怖いです」
「何が」
「好きになって、傷つくのが」
「傷つくかもしれません。でも——傷つくことより、試さなかったことの方が後悔が大きいことがある」
「エレナさんも、そう思いましたか」
エレナは少し考えた。
「思いました。ルシアンのことを好きだと分かったとき、怖かった。でも——向かうことにしました」
「向かうことにした」
「父に教わった言葉です。向かう方が似合ってる、って」
リーナが笑った。
「……勇気が出ました」
「よかったです」
「エレナさんは、本当にすごいですね」
「すごくないですよ。ただ怖がりながら動いているだけです」
その夜、ルシアンにリーナの話をした。
「リーナが、カルセンの書記官に手紙をもらったそうです」
「ヴィン・アラスか。真面目な人間だ」
「知っているんですか」
「書類で見た。仕事が丁寧だった」
「リーナに釣り合う人ですか」
ルシアンが少し間を置いた。
「釣り合いを、私に聞くか」
「あなたは人を見る目があるので」
「……真面目で誠実だ。リーナにとって悪い相手ではないと思う」
エレナは笑った。
「教えてあげます、リーナに」
「お前は、人の縁を作るのも得意だな」
「好きな人には幸せでいてほしいので」
ルシアンがエレナを見た。
「私も含めて?」
「もちろん」
「……ならば、私は幸せだ」
エレナは少し驚いた。ルシアンが「幸せ」という言葉を使う——それが、まだ少し新鮮だった。
「よかったです」
「お前が言ったことを、実行しているだけだ」
「何を?」
「言いたいことは、思ったときに言う」
エレナは思わず笑った。




