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黒薔薇の檻  作者: 麗夜
58/150

第58話「二人の夜、静かに」

グレインとの廊下でのやりとりを、ルシアンに話した。

「……一人でグレインと話したのか」

「廊下でたまたま会ったので」

「何を言われた」

エレナは正直に全部話した。

ルシアンは黙って聞いていた。

「弱点になり得ると、自分で認めたのか」

「嘘をつく必要がないので」

「グレインに、弱点だと認めることの意味が分かっているか」

「分かっています。でも——弱点であることを認めた上で、それでも排除できないと分からせる方が、長い目で見れば効果的だと思いました」

ルシアンがエレナを見た。

「……どういう意味だ」

「弱点だと分かった。でも、その弱点を突こうとしても、エレナ・コール自身が手強い——グレインにそう思わせれば、正面から動くことへのコストが上がります」

「脅しではなく、コストの問題として見せる、か」

「賢い人間には、感情的な脅しより、合理的な計算の方が効きます。グレインは賢い人だと思ったので」

ルシアンが少し間を置いた。

「……お前は、いつからそういう考え方をするようになった」

「書類を整理しているうちに、人の動き方が少し分かってきました。あなたの動き方を、ずっと見ていたので」

ルシアンが、珍しく口元を緩めた。

「私から学んだのか」

「半分はあなたから。半分は父から」

「父上から?」

「農家の話し合いは、感情的になりやすい。水の権利、土地の境界——揉めることが多い。父はそういうとき、いつも相手の言い分を全部聞いてから話した。それを見ていたので」

ルシアンはしばらく黙っていた。

「……賢い父親だったんだな」

「はい」

「会ってみたかった」

エレナは少し驚いた。

「そんなこと、初めて言いましたね」

「思っていた」

「どうして言わなかったんですか」

「……言うタイミングが分からなかった」

エレナは少し笑った。

「言いたいことは、思ったときに言った方がいいです。タイミングを逃すと、言えなくなることがあるので」

「お前が言うか、それを」

「私はいつも思ったことを言うので」

ルシアンが、エレナを引き寄せた。

「父上に——会わせてやれなくて、すまない」

エレナは少し間を置いた。

「謝らないでください。父は、私がこういう場所で生きていることを——きっと喜んでいます」

「根拠は」

「向かう方が似合ってる、と言っていたので。私は今、向かっています。だから」

ルシアンが、エレナの髪に触れた。

「……そうだな」

静かな夜だった。

二人はしばらく、ただそのままでいた。

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