第57話「グレインとの対面」
八月の半ば、グレイン・ロスタンが正式に王宮を訪れた。
エレナは廊下でその男を見た。
三十代前半、背が高く、父親のロスタン公爵より線が細い。整った顔だが、目の奥に何か計算高いものが見える。
「あなたがエレナ・コールですね」
グレインがエレナに声をかけた。廊下で、近衛兵も傍にいる状況だった。
「はい」
「噂通り、度胸がある」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
グレインが少し笑った。
「褒めたつもりはないんですが、そう返しますか」
「好意的に受け取る習慣があるので」
「面白い。父が手こずったのも分かる気がします」
エレナはグレインを見た。父のロスタン公爵とは、確かに雰囲気が違う。公爵は重厚で計算高かったが、グレインは軽快で——それが逆に読みにくい。
「一つ伺っていいですか」
エレナが言った。
「どうぞ」
「なぜ称号の手続きを問題にしているんですか。それが本当の目的ではないと思っているので」
グレインが少し目を細めた。
「直接ですね」
「遠回しにしても時間の無駄なので」
「……では、直接答えましょう」
グレインが一歩近づいた。エレナは下がらなかった。
「殿下が変わりすぎた。それが、私の懸念です」
「変わったことが、問題なんですか」
「変わること自体ではない。変わった原因が——一人の女性への感情だということが、問題です」
「感情は、判断の妨げになると?」
「なり得ます」
「あなたは、感情のない政治の方が良いと思っているんですか」
グレインが少し間を置いた。
「感情のない政治など、存在しない。ただ——感情が前に出すぎれば、判断が歪む」
「では、この一年でルシアン殿下の判断が歪んだ例を、一つ挙げていただけますか」
グレインが止まった。
エレナは続けた。
「公爵の偽造文書を未然に防いだのも、ガルデニアとの連携を明らかにしたのも——全部、殿下の判断があってのことです。感情が歪めた判断なら、あれらは起きていない」
グレインはしばらく黙っていた。
「……なるほど。では、聞き方を変えましょう」
「どうぞ」
「あなた自身は——自分が殿下の弱点になり得ると、思っていますか」
エレナは少し間を置いた。
「思っています」
「では——」
「だから、弱点にならないよう努力しています。毎日」
グレインはエレナを見た。
しばらく沈黙が続いた。
「……想像より、ずっと難しい相手だ」
グレインが言った。それは批判ではなかった。どちらかというと——評価だった。
「失礼します」
エレナは一礼して、その場を離れた。
廊下を歩きながら、エレナは自分の心臓が速く打っているのを感じた。
表では平静を保ったが——内心では、ずっと緊張していた。




