第56話「嵐の再来」
八月になった。
平和が続く——と思っていた矢先に、新しい問題が起きた。
ロスタン公爵が、病気を理由に領地に退いていたが——その息子、グレイン・ロスタンが動き始めた。
父親よりも若く、より攻撃的な性格だという評判だった。
グレインは評議会に新たな申立を出した。
内容は——エレナへの王室特別称号の付与は、適正な手続きを経ていないという主張だった。国王の独断であり、評議会の承認を経るべきだった、という論拠だ。
「また、ですか」
エレナはルシアンに聞いた。
「公爵家は諦めない。それは最初から分かっていた」
「グレインという人は、どういう人物ですか」
「父親より感情的だ。しかし頭は悪くない。むしろ——父親よりも危険かもしれない」
「なぜ」
「父親は慎重に動いた。グレインは速く動く。予測しにくい」
エレナは少し考えた。
「称号の手続きに問題があると主張しているなら、手続きの正当性を証明すればいいんですか」
「それが一つの対応だ。ただ——グレインの目的は称号の取り消しではなく、騒ぎを起こすことだと思っている」
「騒ぎを起こして、何をしたいんですか」
「私の判断力を再び疑わせる。そして——今度は、もう少し根本的なところを突いてくる」
「根本的なところ、とは」
ルシアンが少し間を置いた。
「私の後継問題だ」
エレナは少し息を飲んだ。
後継。ルシアンには子どもがいない。王兄の国王にも、今のところ後継者がいない。ヴァルドラ王家の後継問題は、宮廷でずっとくすぶっていた課題だ。
「グレインは、その問題を持ち出して——」
「私とお前の関係が、後継問題を複雑にすると主張するだろう。平民出身の女性との間に生まれた子が、どういう位置づけになるのか——そういう話にしてくる」
エレナは静かに、その話を受け取った。
子ども。二人の間の子ども。エレナはその言葉を頭の中で転がした。
「……それは、どうするつもりですか」
「考えている」
「私に、意見を求めますか」
ルシアンがエレナを見た。
「お前はどう思う」
エレナは少し間を置いた。
「難しい問題です。でも——私は、今あなたのそばにいることで十分です。将来のことは、一緒に考えます」
「逃げているわけではないが?」
「逃げていません。ただ、今すぐ答えが出ることでもない。一つずつ、です」
ルシアンが、エレナを見た。その目に、複雑な色があった。
「……お前は、私に子どもを求めることはないのか」
「求めてほしいと言ったら、困りますか」
「困らない」
「では——いつか、二人で考えましょう。今夜ではなくていい。でも、いつか」
ルシアンは少し間を置いた。
「……そうだな」
その言葉に、約束の重さがあった。




