第50話「新しい朝」
五月になった。
王宮に、確かな変化があった。
エレナへの視線が変わった。批判的な目がなくなったわけではない。でも多くの人が、エレナを「王室特別称号を持つ人物」として接するようになった。
仕事の内容も少し変わった。
これまでの書類整理や来客応対に加えて、ルシアンの補佐としてより重要な業務に関わるようになった。外交文書の確認、来客への対応、評議会の記録——責任の重さが増した。
エレナは、その変化を正面から受け止めた。
「プレッシャーはないか」
ルシアンが聞いた。
「あります。でも、逃げる気はないので」
「無理はするな」
「しません。ただ——できるだけのことはします」
リーナが昇進した。エレナの推薦で、上級侍女の補佐になった。
「エレナさんのおかげです」
「あなたの実力のおかげです」
「でも、エレナさんが推薦してくれなければ」
「じゃあ、半分ずつ」
リーナが笑った。
五月の朝、エレナは庭を歩いた。
春の花が満開だった。白い花、薄紅の花、黄色い花——庭全体が色で溢れている。
庭の奥まった一角に来ると、黒薔薇の株があった。
まだ咲いていない。でも、蕾がついていた。小さな、まだ固い蕾。
エレナはその蕾を見た。
百年に一度しか咲かない花。去年咲いたから、次は百年後のはずだ。でも——蕾がついている。
「また咲くんですか」
誰にともなく呟いた。
後ろから足音がした。
「咲くかもしれない」
ルシアンだった。
「百年に一度じゃないんですか」
「条件が変われば、咲くこともある。光が届けば」
エレナは蕾を見た。それからルシアンを見た。
「光を知った薔薇は、また咲きますね」
「そうかもしれない」
二人は並んで、蕾を見た。
「ルシアン」
「何だ」
「今、幸せです」
「知っている」
「なぜ分かるんですか」
「顔を見れば分かる」
「ずっと見ているから?」
「ずっと見ているから」
エレナは笑った。
朝日が庭に差し込んできた。黒薔薇の蕾に光が当たり、その固い表面がわずかに輝いた。
まだ開いていない。でも——いつか、咲く。
それが分かった。
二人の物語は、まだまだ続く。




