第48話「公式発表の前夜」
四月になった。
国王から、正式な通達が出た。
エレナ・コールに、ヴァルドラ王家に準ずる「王室特別称号」を与える——というものだった。
前例のないことだった。
平民出身の女性が、王室に準ずる称号を得る。宮廷の全員が、その発表に言葉を失った。
賛否は、当然真っ二つに割れた。
「前例がない」「身分制度を崩す」「王家の権威が」——反対意見は様々な形で上がった。
しかしルシアンは、それを全て承知の上で動いていた。
反対派への根回し、国王との協議、法的な整備——全てを、この数ヶ月で準備していたのだ。
エレナはその発表を、アグネスから聞いた。
「……本当に、出たんですか」
「正式な文書が出ました。来週、公式に発表されます」
エレナは少し、頭が白くなった。
覚悟はしていた。ルシアンから話を聞いていた。でも実際に文書になると——現実の重みが違った。
「どんな反応でしたか」
「様々です。でも——国王陛下が直接支持されているので、正面からは反対しにくい状況です」
アグネスが少し間を置いた。
「私からも、一つ言わせてください」
「はい」
「最初、あなたが来たとき——正直、心配でした。殿下が辺境の村から平民を連れてきた。何か問題が起きるのではないかと。でも——あなたを見ていて、考えが変わりました」
エレナはアグネスを見た。
「この宮廷に、あなたのように正直に動ける人間が必要だったんだと思います。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
エレナの目に、涙が浮かんだ。
「泣かないでください。明日も仕事があります」
アグネスが言って、少し笑った。エレナも笑った。
その夜、ルシアンに会った。
「怖いか」
「怖いです」
「慣れる」
「あなたはいつもそう言いますね」
「慣れなければならないことが多いから」
エレナはルシアンを見た。
「一つ、聞いていいですか」
「何だ」
「後悔していませんか。こんな騒ぎを起こして、宮廷を揺るがして——全部、私のせいで」
ルシアンが少し間を置いた。
「後悔はない」
「本当に?」
「お前が来なければ——私はまだ、一人で仕事だけをしていた。それが正しいと思いながら。それよりも今の方が、ずっといい」
エレナは頷いた。
「……私も、後悔していません」
「知っている」
「なぜ分かるんですか」
「お前の顔を見れば分かる。ずっと見ていたから」
エレナは少し赤くなった。
「ずっと見ていたんですか」
「最初の日から」
「それは——」
「気持ち悪いか」
「全然。嬉しいです」
ルシアンが、エレナを引き寄せた。
春の夜、二人は静かに寄り添った。




