第42話「王都の市場」
翌日、エレナはリーナと目立たない格好で王宮を出た。
護衛は遠くから付いてくるという形で、見た目は二人の侍女が市場に来ただけだ。
王都の市場は賑やかだった。
野菜、肉、布地、香辛料——様々な商品が並ぶ通りを、人が行き交っている。コルヴィン村の小さな市とは比べものにならない規模で、エレナは仕事があることを忘れて見入りそうになった。
「エレナさん、きょろきょろしすぎです」
リーナに言われた。
「ごめん。初めてちゃんと市場を見た」
「来たことなかったんですか?」
「王宮に来てから、ほとんど外に出ていないので」
リーナが少し驚いた顔をした。
「それは……大変でしたね」
「大変というより、仕事が多かっただけです」
ガロン・ベックの店は、市場の中ほどにあった。布地と香辛料を扱う大きな商店で、店の前に積み重ねられた荷物の量が、商売の規模を物語っていた。
エレナはリーナと一緒に店に入り、布地を眺めるふりをした。
ガロン・ベックは五十代の小太りの男で、客への愛想は良かった。でもエレナが観察していると、店の奥で何かのやりとりをしていた。素早く渡される紙の包み、それを受け取る男——見覚えのある顔だった。
公爵の側近だ。
エレナは目を凝らした。渡された包みの大きさ、形——小さく折りたたまれた書類か、あるいは硬貨が入った袋か。
用件を済ませた側近が店を出ていくのを待ってから、エレナはガロンに近づいた。
「少し伺ってよろしいですか」
愛想の良い顔で振り返ったガロンが、エレナを見て一瞬止まった。
「王宮の方ですかな」
「どうして分かるんですか」
「立ち姿が違います。侍女さんでしょう」
エレナは少し考えてから、正直に言った。
「ルシアン殿下の侍女です。少し確認したいことがあって参りました」
ガロンの顔から愛想が消えた。
「……何のご用件でしょう」
「ガルデニアとのお取引について、少し教えていただけますか」
ガロンは少し間を置いた。それから、小さく笑った。
「若いのに、度胸がある。殿下は良い人材をお持ちだ」
これは、以前も言われた言葉だ——使節の老人と同じ言葉。エレナは少し気持ちが定まった。
「お話しいただけますか」
「……少し時間をください。お茶をどうぞ」
ガロンが奥に案内した。




