第38話「年の瀬の静けさ」
十二月の末、王宮が少し静かになった。
年末の休暇で、多くの貴族が領地に戻った。官吏たちも最低限の人数だけが残り、廊下の人通りが減った。
エレナは少し、息をついた。
この数ヶ月は、公爵の件もあって気の抜けない日々だった。常に何かを警戒し、考え、動き続けていた。少し静かになった今、その緊張が少しだけほどけていく。
ルシアンも、この時期は外交業務が減るらしく、珍しく午後に余裕があった。
「時間がある」
ルシアンが言った。
「何かしたいことがありますか?」
「お前は?」
「王宮の図書室に行ってみたいと思っていました。業務でよく書類を届けるんですが、中を見たことがなくて」
ルシアンが少し間を置いた。
「案内しよう」
王宮の図書室は、エレナの予想をはるかに超えた場所だった。
三階建ての吹き抜け構造で、天井まで本棚が続いている。蔵書の量は想像を絶する多さで、歴史書、法律書、外交記録、文学、詩集——あらゆる種類の本が、棚に並んでいた。
「……すごい」
エレナは真ん中に立って、見上げた。
「どれでも読んでいい。ここはお前に開放する」
「本当ですか」
「侍女に図書室の使用を禁じる規則はない」
エレナは棚を歩き回り、背表紙を読んだ。コルヴィン村では、本はほとんど手に入らなかった。父が持っていた薄い詩集が、エレナの読んだほぼ全ての本だった。
「これは?」
エレナが一冊を手に取った。古い本で、背表紙が擦り切れている。
「ヴァルドラ建国の歴史書だ。三百年前に書かれた」
「難しいですか」
「慣れれば読める」
エレナはその本を抱えて、窓際の椅子に座った。ルシアンは別の椅子に座り、自分の本を開いた。
二人は並んで、それぞれの本を読んだ。
言葉はなかった。でも静かで、温かい時間だった。
時々エレナが分からない言葉を聞くと、ルシアンが答えた。それだけのやりとりが、今年最後の静かな午後になった。
夕方、窓から夕日が差し込んできた。
エレナは本から目を上げて、外を見た。
この一年を、振り返った。
コルヴィン村を出て、王都に来て、公爵の嫌がらせがあって、ルシアンと近づいて——全部が、嵐のような一年だった。
「来年はどんな年になりますか」
エレナが呟くように言った。
ルシアンが本から目を上げた。
「分からない。でも——お前と一緒に過ごす」
「断言していいんですか」
「する」
エレナは、その断言が嬉しかった。
「では、来年もよろしくお願いします」
ルシアンが、少し笑った。
「……こちらこそ」




