第33話「リーナの涙」
十一月の半ば、リーナが泣いていた。
早朝の廊下で、柱の陰に隠れるように泣いている少女を見つけたのはエレナだった。
「リーナ、どうしたの」
リーナが顔を上げた。目が赤い。
「……エレナさん」
「何かあった?」
リーナは少し迷ってから、話し始めた。
故郷から手紙が来た。父が病気で、農作業ができなくなった。家族が困っている。リーナの給金を送ってほしいと——そういう内容だった。
「送ります。でも……給金だけじゃ全然足りなくて。兄が二人いるんですが、二人とも農作業ができない父の代わりに借金をしていて、それが膨らんでいて」
「いくらくらい必要?」
リーナが額を言った。エレナには、今すぐ用意できる金額ではなかった。
「アグネスさんに相談してみたら? 給金の前払いとか」
「……相談したんですが、規則だからと言われて」
エレナは少し考えた。
「分かった。一緒に考えよう」
その日の午後、エレナはルシアンに話した。
「侍女への給金制度について、確認したいことがあります」
「何だ」
「緊急の事情がある侍女への給金前払いは、規則として禁じられていますか」
ルシアンが少し間を置いた。
「禁じてはいない。ただ、前例がないため、アグネスが判断を迷ったのだろう」
「では、許可を出していただけますか」
「誰のためだ」
「リーナの家族が困っています。父が病気で、借金があって——私が言える立場ではないと分かっていますが」
ルシアンはエレナを見た。
「お前は、他人のためによく動くな」
「自分だけ良ければいいとは思えないので」
「コルヴィン村で、同じような状況だった」
「はい。だから分かります、あの怖さが」
ルシアンは少し間を置いてから、書類を取り出した。
「給金の前払いを許可する。それから——王宮の農村支援基金から、追加の援助を出す。手続きはアグネスに伝える」
エレナは目を見開いた。
「そこまでしていただかなくても」
「規則の範囲内だ。問題はない」
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。ただ——」
ルシアンが少し間を置いた。
「お前が喜ぶ顔を見たかった。それだけだ」
エレナは少し固まった。
この男は時々、こういうことを言う。何でもないような口調で、心に刺さる言葉を。
「……ずるいです」
「何が」
「そういうことを言うのが」
ルシアンが小さく笑った。
リーナに話すと、少女は今度は嬉しくて泣いた。エレナはその背中をさすりながら、ルシアンの横顔を思い出していた。




