第27話「マリアの告白」
ある日の夕方、マリアがエレナを呼んだ。
二人きりで話したい、と言った。エレナは少し驚いたが、断る理由もなかった。
連れて行かれたのは、王宮の西側にある小さな礼拝堂だった。普段はあまり使われていない部屋で、石造りの静かな空間だ。夕日が細長い窓から差し込んで、床に金色の縞模様を作っている。
「……嫌がらせをして、ごめんなさい」
マリアが言った。
エレナは少し驚いた。謝罪を予想していなかった。
「書類を隠したこと、報告を歪めたこと——全部、私がやりました。他の侍女を巻き込んだことも」
「……分かっていました」
「怒っていますか」
エレナは少し考えた。
「怒っていないと言えば嘘になります。でも今は、それより——あなたが疲れていないか、の方が気になります」
マリアが顔を上げた。
「なぜ、私のことを」
「ずっと戦い続けていたでしょう。私に対して。殿下に対して。宮廷に対して。疲れないはずがない」
マリアの目が、わずかに揺れた。
「……殿下のことが好きでした。十年前から」
「知っています」
「どうせ相手にされないと分かっていても、そばにいたかった。だからこの宮廷に残り続けた。でも——あなたが来てから、全部が変わった。殿下が変わった。私ではなく、あなたを見るようになった」
マリアの声が、少し震えた。
「悔しかった。あなたが何をしたわけでもないのに——ただそこにいるだけで、殿下が変わっていく。それが、憎かった」
「……ごめんなさい」
エレナは言った。
「私は、あなたの気持ちを考えずにここに来た」
「謝らなくていいです、あなたが謝ることじゃない」
マリアが首を振った。
「ただ——一つだけ聞かせてください。あなたは本当に、殿下を好きですか。利用しているわけじゃなくて」
「本当に好きです」
エレナは真剣な目で言った。
「出世したいわけでも、権力が欲しいわけでもない。ただ——あの人のそばにいたい。それだけです」
マリアはしばらくエレナを見ていた。
「……分かりました」
立ち上がり、礼拝堂を出る前に振り返った。
「ロスタン公爵が、あなたのことを調べています。エレナさんの過去、出自、借金の理由——全部。気をつけてください」
それだけ言って、マリアは去った。
エレナは一人、礼拝堂に残った。
夕日が沈んでいく。金色の縞模様が、床から消えていく。
(公爵が、私を調べている)
ルシアンに話さなければ。
でも同時に——マリアが警告してくれたことに、エレナは胸が温かくなった。憎しみから、一歩進んだ何かを、その目に感じた。




