第26話「秋の訪れと影」
秋になった。
王宮の庭が、色を変えていった。緑だった木々が黄色に、橙に、赤に染まっていく。エレナは毎朝の庭の散歩で、その変化を楽しんだ。コルヴィン村の秋も美しかったが、王宮の庭は手入れが行き届いているぶん、計算された美しさがある。
ルシアンと庭を歩くようになったのは、いつ頃からだろう。
最初は偶然の鉢合わせだった。それが習慣になり、今では二人で歩くことが当たり前になっていた。
「この国は、冬が厳しいんですか」
エレナが聞いた。
「北部は雪が深い。王都はそれほどでもないが、風が強くなる」
「コルヴィン村は雪が多かった。子どもの頃、父と雪だるまを作りました」
「雪だるま」
「知りません? 雪を丸めて積み上げて、顔を作るんです。子どもの遊びですけど」
ルシアンが少し間を置いた。
「……した記憶がない」
「子どもの頃も?」
「王宮の外に出ることが少なかった。雪が降っても、外では遊ばなかった」
エレナはその言葉を聞いて、少し胸が痛んだ。
「今年の冬、雪が積もったらやってみますか」
「私が、雪だるまを?」
「誰かに見られたら困りますか」
「……困らない」
「じゃあ、やりましょう」
ルシアンが珍しく、少し戸惑った顔をした。四十近い(エレナには実際の年齢が分からなかったが)男が、雪だるまを作ることを想像して、どこか居心地が悪そうにしている。
エレナはそれが可笑しくて、笑った。
「笑うな」
「笑っていません」
「笑っている」
「少しだけ」
ルシアンがエレナを見た。その目に、珍しく穏やかな色があった。
この頃、ルシアンの表情が少しずつ変わっていた。完全に感情のない彫像のような顔ではなく——微妙に、人間的な揺れが加わってきている。
それがエレナには、嬉しかった。
しかし秋の美しさの陰で、宮廷では別の動きが始まっていた。
ロスタン公爵が、頻繁に王宮を訪れるようになっていた。国王への謁見を繰り返し、宮廷の有力貴族たちと食事を重ねている。
エレナはその動きを、書類の整理や来客の記録を通じて少しずつ把握していた。公爵が動いているのは、ルシアンの政治的な影響力を削ごうとしているためだ——そこまでは分かった。
でも具体的に何をしようとしているのか、まだ見えなかった。
「公爵が動いています」
その夜、ルシアンに言った。
「知っている」
「何をしようとしているんですか」
「私の信頼性を落とす材料を探している。政略婚を断ったこと、平民の侍女と親しくしていること——それを宮廷内で広め、私の判断力を疑わせようとしている」
「それは、あなたの立場に影響しますか」
「影響はある。ただ——兄上が私を信じている限り、公爵の思い通りにはならない」
「国王陛下は、信じてくれますか」
「今のところは」
その「今のところは」という言葉が、エレナには重かった。




