第25話「侍女たちの変化」
九月になると、エレナの周囲の空気が少し変わっていた。
マリアの嫌がらせが止まってから、上級侍女たちのエレナへの態度は「無視」から「距離を置いた中立」に変わっていた。敵意は消えていないが、表立った行動はない。
変わりに、若い侍女たちがエレナに近づくようになった。
リーナはもともとエレナに好意的だったが、そのリーナに引っ張られるように、同じ年頃の侍女が二人、三人とエレナの周りに集まってきた。
「エレナさんって、怖くないんですか、ここ」
ソーニャという十九歳の侍女が、食堂でそう聞いた。地方貴族の次女で、宮廷に来て半年しか経っていない。
「怖いよ。最初は特に」
「でも全然そう見えない」
「見せないだけ」
ソーニャが笑った。
「エレナさんに教えてもらいたいことがいっぱいあります」
「私が教えられることなんてないよ。農家の娘だから」
「でも、どんな場面でも動じないじゃないですか。この前の使節団の件も、公爵様に何か言われてたのも見てました。全然顔が変わらなかった」
エレナは少し考えた。
「顔が変わらないのは、顔に出さない練習をしてきたから。宿屋で働いてたとき、ヘルガさんに怒鳴られるたびに、泣かないように我慢してたんです。そのうち慣れた」
「……辛かったんですね」
「辛かったけど、役に立ってる」
そう言って笑うと、ソーニャも笑った。
その日の午後、エレナはアグネスに呼ばれた。
「最近、若い侍女たちがあなたの周りに集まっていますね」
「迷惑でしたか」
「いいえ」
アグネスは珍しく、少し柔らかい表情をしていた。
「良いことだと思っています。あなたが来る前、若い侍女たちはマリア様の顔色ばかり見ていた。怯えながら仕事をしていた。あなたが来てから——少し空気が変わりました」
「私は何もしていませんが」
「いるだけで、変わることがある。そういう人間が、たまにいるんです」
エレナはその言葉を、静かに受け取った。
その夜、ルシアンにその話をした。
「アグネスに褒められました」
「珍しいな。アグネスは滅多に人を褒めない」
「だから嬉しかったです。でも——私は何もしていないような気がして」
「何もしていないのではない」
ルシアンが言った。
「お前はいつも正直だ。それが——ここでは珍しい」
「王宮というのは、正直ではない場所なんですか」
「多かれ少なかれ、全員何かを隠している。建前を並べている。お前のように、思ったことをそのまま言える人間は——異質だ。だが、その異質さが人を動かすことがある」
エレナは少し考えた。
「殿下も、何かを隠していますか」
「以前は、何もかも」
「今は?」
ルシアンがエレナを見た。
「お前の前では——隠せない」




