第24話「王兄の謁見」
八月になった。
王兄——ヴァルドラ王国の国王、カール・ヴァルドラ三世——がエレナを呼んだ。
アグネスから伝えられたとき、エレナは一瞬固まった。国王が、直接侍女を呼ぶ。それ自体が異例のことだ。
「何の用件か、分かりますか」
「存じません。ただ——心して行かれることをお勧めします」
アグネスの目が、珍しく心配そうだった。
謁見室は、王宮の中でも最も格式の高い部屋だった。天井が高く、両側に近衛兵が立ち並んでいる。正面の玉座に、国王が座っていた。
年齢は四十代半ば。ルシアンと同じ黒い髪だが、目の色は違う。ルシアンの銀灰色ではなく、深い藍色だ。顔立ちは似ているが、どこか柔らかさがある。
エレナは深く礼をした。
「顔を上げよ」
落ち着いた声だった。命令ではなく、促すような声。
「エレナ・コールと申します」
「知っている。ルシアンから話は聞いている」
エレナは少し驚いた。国王に話をしている——ということは、ルシアンも何かを準備しているのかもしれない。
「率直に聞く」
国王が言った。
「ルシアンのことを、どう思っている」
エレナはしばらく、その問いを受け取った。
どう思っている。それは——単純な質問ではない。国王がこの質問をするということは、エレナとルシアンの関係を知っている、あるいは知ろうとしている。
「好きです」
エレナは真剣な目で言った。
「打算ですか、と聞かれれば、違います。身分差がなければ良かったと思いますが、それは私の力ではどうにもならないことです。ただ、あの人が何者であっても——私は同じように思うと思います」
謁見室が静まり返った。
国王はエレナをじっと見ていた。
「ルシアンが政略婚を断ったとき、私は怒った。あれは国のために必要な婚姻だった。しかし——」
国王が少し間を置いた。
「あれが誰かのために何かを断ったのは、初めてだ。母が死んで以来、ルシアンが誰かに感情を見せることはなかった。お前が来てから——変わった」
エレナは黙っていた。
「すぐに答えを出すつもりはない。しかしお前のことは、見ている。それだけ伝えたかった」
謁見が終わった。
廊下に出て、エレナは深く息をついた。足が、少し震えていた。
その夜、ルシアンに話した。
「兄上に呼ばれたか」
「はい。好きだと、言いました」
「……正直だな」
「嘘をつく必要がないので」
ルシアンが、珍しくエレナの髪に触れた。梳くように、ゆっくりと。
「兄上は、悪い人間ではない」
「知っています。目が優しかった」
「似ているか、私と」
「全然似ていないと思います」
「……なぜ」
「殿下の方が、目が綺麗です」
ルシアンが動きを止めた。
エレナはそのまま続けた。
「綺麗というのは、深い、という意味です。奥に何かを抱えている目。それが——好きです」
しばらく沈黙があった。
「……お前は」
「はい」
「言葉が、怖い」
「正直なだけです」
ルシアンがエレナを引き寄せた。答えの代わりのように。




