第28話「過去の傷」
公爵がエレナの過去を調べているという話は、すぐに現実になった。
数日後、公爵の側近と思われる男が、コルヴィン村を訪れたという情報が入ってきた。ヘルガと話をしたらしい。
エレナはそれを聞いて、少し胸が冷えた。
ヘルガが何を話したか、想像がつく。借金のこと。父の死のこと。エレナがどれほど惨めな状況にいたか——それを、公爵は材料にしようとしている。
その夜、ルシアンに話した。
「公爵がコルヴィン村に人を送りました」
「知っている。先に掴んでいた」
「私の過去を、宮廷で広めるつもりだと思います。それで——あなたの判断力を疑わせようと」
「おそらくそうだ」
ルシアンはエレナを見た。
「お前の過去に、公爵に利用されるものがあるか」
エレナは少し間を置いた。
「父の借金は、ヘルガさんに全額返していただいたので、それは問題ありません。ただ——」
「ただ?」
「父が死んだとき、借金を作ったのには理由があります。父は病気でした。治療のために、金を借りた。でも結局、治らなかった」
「それは責められることではない」
「でも、公爵に使われれば——『王弟殿下は、借金まみれの農家の娘を拾ってきた。判断力が疑わしい』という話になる」
ルシアンは少し黙った。
「お前は、恥ずかしいと思っているか」
「父が病気で、治療費を借りたことが?」
「そうだ」
「思っていません」
エレナは真剣な目で言った。
「父は生きようとした。私はその父を助けようとした。結果がどうであれ、それは誇れることだと思っています」
「……そうだな」
ルシアンの声が、少し柔らかくなった。
「私の母も、病気だった。八歳のとき、私は何もできなかった。金も権力も、医師も——全て揃っていたのに、助けられなかった。お前の父は、一人の農夫として、できる限りのことをした。それはどんな王族よりも、誇るべきことだ」
エレナの目に、涙が浮かんだ。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。事実を言っただけだ」
ルシアンはエレナの手を取った。
「公爵が何を広めようとも、私はお前を信じている。それは変わらない」
その言葉が——どんな言葉よりも、エレナの心に深く刻まれた。




