第22話「リーナの目」
その日の午前中、リーナがエレナを見て首を傾げた。
「エレナさん、今日なんか……雰囲気が違いますね」
「そうかな」
「なんか、柔らかい感じ。いつもはもっとピリッとしてるのに」
エレナは書類を整理しながら、平静を装った。
「気のせいじゃないかな」
「気のせいじゃないと思います。なんかいいことありましたか?」
「別に」
リーナはまだじっとエレナを見ていた。十七歳の少女は、時々大人より鋭い。
「……殿下に何かしていただきました?」
「仕事を評価してもらっただけ」
「そうですか」
リーナは引いた。でもその目が、完全には納得していなかった。
エレナは内心で息をついた。
気をつけなければならない。王宮は、観察する目が多い場所だ。些細な変化が、噂の種になる。
午後、エレナはルシアンの執務室に書類を届けた。
いつも通りのやりとりだった。ルシアンは書類を受け取り、短い指示を出す。エレナは頷き、メモを取る。
ただ——ルシアンの目が、書類を確認しながらエレナを一度だけ見た。ほんの一瞬。他の人間が見ていたら気づかないほどの。
でもエレナには分かった。
その目に、昨夜の記憶があった。
エレナも視線を一瞬だけ返した。それだけで、二人の間に言葉以上の何かが流れた。
退室して廊下に出たとき、エレナはまた顔が緩むのを感じた。
(これは、まずい習慣だ)
でも——まずいと思いながらも、心が温かかった。
その夜、エレナはルシアンの部屋に行った。
「考えた結果ですか」
ルシアンが言った。
「行くと決めたら、迷わない性格なので」
ルシアンが、低く笑った。
それが嬉しかった。




