第20話「夜が明けるまで」【R18】
※本話は成人向け描写を含みます。
その夜は、長かった。
ルシアンの部屋に入ったのは、エレナ自身の意志だった。引きずられたわけでも、押し付けられたわけでもない。廊下でルシアンが「来るか」と聞いた。エレナは一秒考えて、頷いた。
部屋の中に月明かりだけが差し込んでいた。
蝋燭を灯す必要はなかった。その光だけで、二人には十分だった。
「……緊張しているか」
ルシアンが聞いた。
「しています」
正直に答えると、ルシアンがわずかに目を細めた。
「無理はしなくていい」
「無理じゃないです。ただ——怖いのと、したいのが、両方あって」
ルシアンの手が、エレナの髪に触れた。ゆっくりと、確かめるように。
「怖い理由は」
「初めてだから」
沈黙。
「私も——」
ルシアンが言いかけて、止まった。エレナは顔を上げた。
「あなたが?」
「こんなに誰かを求めたのは、初めてだ」
それが答えだった。
ルシアンの指先がエレナの頬を辿り、顎を持ち上げた。近づいてくる顔を、エレナは目を閉じて受け入れた。
唇が重なった。
最初は静かな口づけだった。確かめるような、問いかけるような。エレナが応えると、ルシアンの腕が背中に回り、引き寄せられた。
触れられるたびに、体だけでなく心が溶けていくようだった。この男がこんなにも不器用で、こんなにも一途だということを、言葉でなく体で知っていく。
ルシアンはエレナの名前を何度も呼んだ。まるで呪文のように、確かめるように。エレナはそのたびに、この男がどれほど長い間孤独だったかを思い、胸が締め付けられた。
「……怖くないか」
「怖い」
エレナは正直に答えた。
「でも、あなたと一緒だから怖いんじゃなくて——こんなに誰かを好きになることが怖い」
ルシアンがエレナの目を見た。月明かりの中で、その目に初めて確かな感情が満ちていた。
「離さない」
誓うように言った。
エレナはルシアンの首に腕を回した。
二人の体温が混ざり合い、月明かりだけの部屋の中で、長い夜が流れていった。ルシアンの手は、壊れ物を扱うように丁寧でありながら、どこかに狂おしい切実さを持っていた。エレナは、その切実さの意味を、この夜初めて理解した。
この男は、ずっと誰かに触れたかったのだ。
権力でも名声でもなく——ただ、誰かの温もりに。
夜明け前、エレナはルシアンの腕の中で目を覚ました。
窓の外が薄く白み始めていた。ルシアンはまだ眠っていた。いつも完璧であろうとする男が、無防備に眠っている。その顔は、エレナが今まで見た中で一番穏やかだった。
(好き、だ)
エレナは静かに思った。認めたくなかったが、もう遅い。
ルシアンの目が開いた。エレナを見て、男は一瞬だけ表情を和らせた。そして何も言わずに、エレナをもう一度引き寄せた。
エレナは抵抗しなかった。




