第17話「宮廷の罠」
六月に入って、マリアの嫌がらせが質を変えた。
これまでは書類を隠す、備品を消すといった、エレナの仕事を妨害するものだった。それが——エレナの評判を傷つける方向に変わった。
「エレナ・コールが、外交使節に対して無礼な振る舞いをしたと聞きましたよ」
侍女頭のアグネスが、エレナを呼んで静かに言った。
「誰からですか」
「複数の侍女から、同じ報告がありました」
「事実ではありません」
「あなたがそう言うのは分かります。でも複数の証言があると——」
「アグネスさんは私を信じますか」
アグネスが少し沈黙した。
「……私の感触では、あなたが無礼を働く人物には見えません。しかし、私の感触だけで判断するわけにも」
「調査してください。使節の方々に直接聞いていただければ、はっきりします」
「それは——」
「お手数をおかけしますが、お願いします」
アグネスは一日かけて調査した。結果は、エレナの言う通りだった。使節団から「エレナという侍女は礼儀正しく、よく気が利いた」という言葉まで出てきた。
アグネスがマリアを呼んで問い質したが、マリアは「勘違いだった」と涼しい顔で言い、それ以上の追及はできなかった。
その夜、エレナは自分の部屋で考えた。
マリアは本気だ、と思った。これまでは嫌がらせのレベルだったが、今回は評判を潰そうとした。次は何をしてくるか分からない。
どうするべきか。
戦うか。逃げるか。
エレナの答えは、いつも同じだ。
翌日、エレナはマリアを廊下で待ち伏せた。
「少しよろしいですか」
マリアが不快そうに足を止めた。
「何かしら」
「昨日の件について、話したいと思って」
「何の件かしら。私には覚えがありませんが」
エレナはマリアを見た。怒りではなく、真剣な目で。
「マリアさんが殿下を大切に思っていることは分かります。それは本物だと思う」
マリアの顔が、わずかに動いた。
「だから余計に言わなければならない。私を潰そうとしても、殿下はあなたに振り向きません。それはあなたが弱いからじゃなくて、殿下が見ているのが——そういう問題じゃないから」
マリアの目に、初めて生の感情が浮かんだ。怒りと、痛みと、そして——悲しみ。
「……何が分かるというの、あなたに」
「分かりません。でも、あなたが消耗していくのを見ているのは——辛いです」
沈黙。
マリアは何も言わずに、去っていった。
エレナはその背中を見送った。
勝ったわけでも、負けたわけでもない。ただ正直に言っただけだ。
でもその夜から、マリアの嫌がらせは止まった。




