第15話「月夜の問い」
それから、二人の時間は少しずつ増えていった。
仕事の時間が終わった後、ルシアンは時々エレナを呼んだ。書類の確認というわけでもなく、特別な用件があるわけでもない——ただ、話すために。
最初はエレナも戸惑った。王弟が侍女と話すために呼ぶ、というのは宮廷の常識から外れている。でもルシアンは宮廷の常識を気にしないか、あるいは意図的に無視しているかのどちらかだった。
エレナが疑問に思ったことがある。
「殿下は——ルシアンは、友人はいないんですか」
深夜近い時間に執務室で、エレナが率直に聞いた。
ルシアンは少し間を置いた。
「いない」
「なぜ」
「王族に友人は作れない。利害関係が必ず絡む。純粋な友情として始まっても、どこかで打算が入る」
「全員がそうとは限らないでしょう」
「私の経験では、そうだ」
エレナはその言葉の重さを受け取った。この男は、人を信じようとして、裏切られたことがある。それが、冷たさの一部を作っているのかもしれない。
「私は違います」
言ってから、少し大げさだったかと思った。
でもルシアンが視線を向けてきたので、エレナはそのまま続けた。
「私にはあなたから得るものが何もない。出世したいわけでも、権力が欲しいわけでもない。ただ、借金をなくして自由になりたかっただけです。だから打算はない」
「今はな」
「今も、これからも」
ルシアンはエレナをしばらく見ていた。
「なぜそう言い切れる」
「自分のことだから」
また沈黙。今夜は月が出ていた。窓から差し込む月の光が、執務室の床に長い四角を作っている。
「エレナ」
「はい」
「お前は——怖くないのか、私が」
今夜二度目の、似たような質問だった。最初の夜、コルヴィン村の宿で聞かれたのと同じ問いだ。
「怖いです」
エレナは正直に言った。
「でも、怖い理由が変わってきました」
「どう変わった」
「最初は、権力が怖かった。今は——あなたという人間が、少し怖い」
「……どういう意味だ」
「近づきすぎると、離れられなくなりそうで」
言ってから、エレナは自分が何を言ったか気づいて、顔が熱くなった。
ルシアンは何も言わなかった。ただ月明かりの中で、エレナを見ていた。その目に、初めて見る色があった。
エレナは視線を逸らして、一礼した。
「今夜は失礼します」
早足で部屋を出た。廊下に出てから、壁に背中をつけて息をついた。
心臓が、うるさかった。




