第14話「雨の廊下」
春の終わりに、大雨が降った。
王都では珍しい、激しい雨だった。夜中から降り始めて、朝になっても止まない。雨粒が窓を叩き、雷が遠くで鳴っている。庭の花が雨に打たれて、白い花弁を散らしていた。
その日の夕方、エレナは使節団の応対という予定外の仕事を任された。
隣国の外交使節が王宮を訪れていたのだが、夜会の最中に使節団の一人が体調不良を訴えた。騒ぎが外交問題に発展しかねない——そう判断したルシアンは、エレナに言った。
「私の代わりに、使節団の一室へ行け。容態の確認と、王宮側の謝意を伝えてこい」
「……私がですか」
「マリアは感情的になりやすい。お前が行け」
それだけだった。理由というより、消去法の結果だ。エレナは頷いて、動いた。
使節団の部屋に向かいながら、頭の中で整理する。外交上の失礼をどう補うか、体調不良の原因が何であれ誠意を見せることが大事、謝りすぎると王宮側の権威が下がる——。
部屋に入ると、老人が一人、椅子に座ってうなだれていた。顔色が悪い。側仕えの若者が心配そうに立っている。
エレナは老人の前に膝をついた。
「ご気分はいかがですか」
「少し……胃が」
「夜会のお食事が口に合わなかったかもしれません。申し訳ございません」
老人が顔を上げた。エレナの顔を見て、少し驚いた様子だった。
「あなたは……侍女?」
「はい。王弟殿下のご指示でお見舞いに参りました。草薬茶をお持ちしましょうか。胃の不快感に効くものをご用意できます」
「……そうしてもらえますか」
エレナは厨房に走り、薬草茶を手配した。コルヴィン村で覚えた草薬の知識が、ここで役に立つとは思わなかった。
茶を持って戻ると、老人は少し顔色が戻っていた。温かい茶を一口飲んで、老人は静かに笑った。
「王弟殿下は、良い人材をお持ちだ」
「恐れ入ります」
「あなた、名前は」
「エレナ・コールと申します」
「エレナ。覚えておこう」
部屋を出ると、雨が激しくなっていた。
回廊を歩いていると、背後から足音がした。振り返ると、ルシアンが壁に背を預けて立っていた。
「……見ていたんですか」
「少しだけ」
「余計な口を出さなかった」
「信用していなかったんですね」
「そうではない」
ルシアンの声が、わずかに落ちた。
「心配していた」
その言葉に、エレナは一拍遅れた。
心配。あの男が、心配という言葉を使った。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。よくやった」
二人は並んで、雨を見た。王宮の中庭に落ちる雨が、石畳を叩く音。蝋燭の光が揺れる廊下に、二人の影が並んでいた。
「ルシアン」
男が突然言った。
「は?」
「殿下と呼ぶな。二人のときは、それでいい」
エレナは面食らった。
「礼儀として問題があります」
「構わない。私が望む」
「……ルシアン、さん」
「様はいらない」
「……ルシアン」
言ってみると、不思議と自然だった。
雨はまだ続いていた。




