第146話「皇帝の論理」
ルシアンは条約交渉の合間に、皇帝と話した。
公式の席ではなく、非公式の時間を作ってもらった。
「エレナとの関係を、認めていただけませんか」
単刀直入に言った。
皇帝が少し間を置いた。
「認めない理由を、聞くか」
「お聞きしたいです」
「お前は、ヴァルドラの王弟だ。ヴァルドラは小国だ——帝国と比べれば」
「はい」
「帝国の皇女が、小国の王弟に嫁ぐことは——帝国の権威にかかわる」
「それは、釣り合いの問題ですか」
「そうだ」
「では——もし私が、ヴァルドラ王国とは別の立場を持てば、状況は変わりますか」
「どういう意味だ」
「帝国との条約を通じて、ヴァルドラが帝国の友好国として正式に位置づけられれば——ヴァルドラの王弟という立場の重みも変わる」
皇帝が、ルシアンを見た。
「……外交を、個人の問題に絡めるか」
「絡めているのは、最初から陛下の方ではないですか。エレナの婚姻を、帝国の利益と結びつけているのは」
皇帝が少し沈黙した。
「……お前は、正直だな」
「嘘をついても意味がないので」
「エレナと同じことを言う」
「……そうですか」
「あの娘も、同じように言った。嘘をつく必要がないから、と」
ルシアンは少し間を置いた。
「陛下。エレナは——記憶がなくても、エレナのままです。あなたの娘の性質は、二十五年間の記憶がなくても消えなかった」
「……それは分かっている」
「だとすれば——その娘が誰を愛しているかも、記憶とは別に、体が知っている」
皇帝は、窓の外を見た。
長い沈黙。
「……時間をくれ」
「何年でも待ちます」
「そうは言っても——お前にも限界がある」
「今のところ、感じていません」
皇帝が、低く笑った。
「……頑固な男だ」
「エレナに言われたことがあります、同じことを」




