第134話「帝国の日々、深まる秋」
ルシアンが去り、エレナは皇宮の生活を続けた。
皇帝は厳しかった。
エレナへの扱いは丁寧だったが——ルシアンに関しては、頑として動かなかった。
「ヴァルドラの王弟との関係は、認めない」
一度だけ、直接言われた。
「帝国の皇女として迎える以上、お前の婚姻は帝国の利益と釣り合うものでなければならない」
「私には——記憶がなくて、自分が何者かも分からない状態で言われても」
「分からなくても、事実は変わらない。お前はヴェルク帝国の皇女だ」
「でも、二十五年間——」
「その空白は、我々の責任だ。だからこそ、これ以上お前を不安定な立場に置きたくない」
エレナは黙っていた。
皇帝の言葉が、間違っているとは思えなかった。
守ろうとしている。それは分かった。
でも——ルシアンのことを思うと、胸が痛かった。
記憶はない。でも、あの目を見たとき——体が、知っていた。
この人だ、と。
王妃が、エレナの部屋を訪ねてきた。
「少し話しましょう」
王妃——エレナの母が、静かに言った。
「……はい」
「ルシアン殿下に会ったと聞きました」
「はい」
「どう思いましたか」
エレナは少し考えた。
「……体が、知っていた気がします。大切な人だということを」
王妃の目が、少し揺れた。
「記憶はなくても、感じるものがある」
「はい」
「……それは、大切にしてください」
「母上は——認めてくれないんですか」
王妃が少し間を置いた。
「難しい問題です。陛下の意向もあります。でも——私は、あなたが何を感じているか、大切に思っています」
それが、今の王妃にできる精一杯だった。




