第131話「記憶の断片」
記憶のない再会から、三日が経った。
エレナはルシアンと、毎日少しずつ話した。
ライアンが同席することもあった。エレナが疲れれば、すぐに止めた。
ルシアンは急がなかった。
ただ——話した。
エレナが王宮に来た日のこと。最初に目が合った瞬間のこと。夜の問答のこと。黒薔薇の庭のこと。
エレナは聞きながら、胸の奥に何かが積み重なっていく感覚があった。
霧の向こうに、少しずつ輪郭が見えてくるような。
「黒薔薇を、折ってくれたんですか」
エレナが聞いた。
「ああ。棘で指を切ったが」
「それをもらって、ずっと持っていた」
「……そうだ」
「なぜ大切にしていたのか、今は分かりません。でも——手放せなかった理由は、分かる気がします」
ルシアンが、エレナを見た。
「どういう意味だ」
「その花弁を持っているとき——怖くなかった。一人だけど、一人じゃない感じがした。記憶がなくなってからも、ずっとそうでした」
ルシアンの目が、わずかに揺れた。
「……それは」
「あなたが、その花弁に込めた何かが——残っていたのかもしれません」
ルシアンは少し間を置いた。
「お前は——記憶がなくても、お前のままだ」
「どういう意味ですか」
「正直で、真剣で、人の気持ちを受け取る。それは変わっていない」
エレナは、その言葉を静かに受け取った。
記憶がなくても、自分はそのままだ。
その事実が——少し、嬉しかった。




