第130話「記憶のない再会」
翌日の午後、ライアンがエレナを小さな応接室に案内した。
「ここで待っていてくれ。私が殿下を連れてくる」
エレナは一人、部屋で待った。
胸が速く打っていた。
なぜだろう、と思った。記憶のない人と会うのに、なぜこんなにも胸が騒ぐのか。
扉が開いた。
ライアンが入ってきた。その後ろに——男が入ってきた。
黒い髪。長身。銀灰色の目。
エレナは、その顔を見た。
見知らぬ顔のはずだった。
でも——。
胸の奥で、何かが弾けた。
(知っている)
確かに知っている。この顔を。この目を。
でも——どこで——。
男がエレナを見た。
その瞬間、男の目が——初めて、感情を露わにした。
安堵と、喜びと、それから——何か深い痛みのようなものが、銀灰色の目に満ちた。
「エレナ」
低い声が、名前を呼んだ。
その声が——夢の中の声と、重なった。
エレナは立ち上がった。
「……あなたは」
男が、エレナの前に来た。
「覚えていないか」
「……顔は、覚えていません。でも——声を、知っています」
男の目が、わずかに揺れた。
「名前は」
「ルシアン……殿下、と聞きました」
「ああ」
「私のことを——知っていますか」
男がエレナを見た。
「知っている。全部」
「教えてもらえますか。私が——誰なのか」
ルシアンは少し間を置いた。
それから、静かに言った。
「エレナ・コール。ヴァルドラ王宮で働いていた。薬草が得意で、負けず嫌いで、正直で——」
声が、わずかに揺れた。
「私が、愛した人間だ」
エレナの目に、涙が浮かんだ。
記憶はなかった。
でも——その言葉が、胸の奥の霧の中に、一筋の光を当てた気がした。




