第121話「帝国の日々」
帝国に来て一ヶ月が経った。
エレナの体は安定してきていた。朝の気持ち悪さは続いていたが、食事が取れるようになり、顔色が戻ってきた。
「少し、良くなりましたね」
皇宮に仕える侍医のヘルタが言った。
「はい。おかげさまで」
「お子様は、順調ですよ」
エレナは腹に手を当てた。
まだ目に見える変化はなかった。でも——確かに、いる。
誰との子か、分からないまま。でも——大切だと思った。
この子には、記憶のない自分でも感じる何かがあった。愛しい、という感情が、理屈なく湧いてきた。
「……ちゃんと産みます」
エレナは静かに言った。
「はい。大切にされてください」
部屋に戻ると、ライアンが来ていた。
「話がある」
「黒薔薇の花弁のことですか」
「それもある。まずそちらから」
ライアンが調べた結果を話した。
「黒薔薇は、ヴァルドラ王国の王宮にある。百年に一度しか咲かない珍しい花だ。外に出回ることは極めて少ない」
エレナは少し間を置いた。
「ヴァルドラ王国……」
「お前が倒れる前は、その近くにいたはずだ。フェルン町の方向から来ていたと聞いている」
「私は——ヴァルドラにいたんですか」
「可能性が高い。王宮に知り合いがいたかもしれない」
エレナは花弁を見た。
ヴァルドラ王宮の黒薔薇。
誰かが、これをエレナに渡した。
大切にしていた。ずっと持っていた。
「……誰に、もらったんだろう」
エレナは呟いた。
記憶が、霧の向こうにあった。




