第116話「帝国への道」
出発の準備を、ライアンがした。
エレナは宿で三日ほど静養した後、旅ができる体になった。
ただ——体の変化は続いていた。朝の気持ち悪さが続き、食事が取りにくかった。
「無理はするな」
ライアンが言った。
「……子供のために、気をつけます」
「お前自身のためにもだ」
馬車の中で、エレナは外の景色を見た。
知らない景色だった。でも——山と川のある景色が、どこか懐かしかった。
「一つ、聞いていいですか」
エレナがライアンに言った。
「何だ」
「あなたは、帝国の皇太子ですか」
ライアンが少し間を置いた。
「……なぜそう思う」
「従者の方の接し方が、そうだと感じたので」
「……ああ、そうだ」
「では、私が皇族の血筋なら——あなたとは、どういう関係になりますか」
「妹になる」
その言葉は、静かだった。
妹。
エレナはその言葉を頭の中で転がした。
覚えていない。でも——兄、という概念が、どこか遠くに感じた。
「……私は、ずっと一人だと思っていました」
「思っていた、か。ということは——誰かと一緒にいた記憶の断片があるか?」
「断片ではなく——感覚だけです。一人ではない、という感覚だけが、ある」
ライアンは黙っていた。
「……見つけてやる。お前の記憶を取り戻す方法も、過去も」
エレナはライアンを見た。
藍色の目が、真剣だった。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。家族なら当然のことだ」
その言葉が——エレナの胸の奥に、静かに落ちた。
家族。
その言葉も、どこか懐かしかった。




