112/150
第112話「目が覚めた朝」
エレナが目を覚ましたのは、翌朝だった。
見知らぬ天井。見知らぬ部屋。
(ここは……?)
起き上がろうとして、頭に痛みが走った。
「動かない方がいい」
声がして、エレナは視線を向けた。
椅子に座った男がいた。
黒髪に、深い藍色の目。端整な顔立ちで、年齢は二十代後半か三十前後。見覚えのない顔だった。
「……あなたは」
「助けた者だ。昨日、市場で倒れていた」
「市場で……倒れた」
「頭を打った。医師が見て、しばらく安静にするようにと言った」
エレナは頭を押さえた。記憶を探ろうとした。
市場に行って——薬草を買って——それから——。
「……私は」
何かが、引っかかった。
市場に行く前の記憶が、ぼんやりとしていた。
いや、それだけではない。
「……私は、誰ですか」
男が、少し目を細めた。
「名前が分からないか」
「……分かりません。あなたは、誰ですか。ここはどこですか」
沈黙が落ちた。
男が立ち上がり、エレナの前に来た。
「今は名前を言わない方がいいかもしれない。驚かせることになるから」
「なぜですか」
「少し話さなければならないことがある。ただ——今は休め。体が先だ」
「体……」
男がエレナを見た。
「医師から聞いた。もう一つ、伝えなければならないことがある」
「何ですか」
「……子を、宿している」
エレナは動きを止めた。
部屋に、静寂が落ちた。




