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第110話「秋の市場で」
九月の終わり、ヴァルン村に秋が深まっていた。
エレナは朝から体が重かった。
ここ数週間、朝になると気持ちが悪くなることが続いていた。薬草師として、その症状の意味は——考えないようにしていた。考えれば、あの夜のことを思い出すから。
フェルン町の霧橋亭での、三日間。
ルシアンと過ごした、あの夜を。
(考えてはいけない)
エレナは自分に言い聞かせた。
でも体は、正直だった。
ジーナ老婆には何も言わなかった。ただ、仕事を続けた。
その日、村の薬草の在庫が切れかけていた。山を越えた先の小さな市場町、カラン町まで買い出しに行く必要があった。
「一人で行けるか? 顔色が悪いが」
ジーナが心配そうに言った。
「大丈夫です。半日で戻ります」
「無理するなよ」
「しません」
エレナは布袋を持って、山道を歩いた。
カラン町は、ヴァルン村よりは大きな市場町だった。様々な商人が集まり、薬草、食料、布地——一通りのものが揃う。
エレナは薬草屋を回り、必要なものを買い集めた。
動いていると、少し気持ちの悪さが和らいだ。
市場の中ほどを歩いていたとき——突然、視界がぐるりと回った。
(あ、まずい)
思った瞬間、足が崩れた。
石畳に倒れる際に、頭が何かにぶつかった。
鈍い衝撃。
それから——何もかが、暗くなった。




