第106話「カルセンの動き」
七月、カルセンのミラが動いた。
ヴァルドラとセルディアの間に立ち、通商条約の新たな枠組みを提案した。婚姻ではなく、経済的な結びつきと相互防衛協定によって、両国の関係を安定させる——という内容だった。
ルシアンはその提案書を読んで、静かに言った。
「ミラが、動いてくれた」
「カルセンがここまでするとは、予想していませんでした」
アグネスが言った。
「エレナのおかげだ」
「……え?」
「エレナが最初にミラと話した。誠実に、正直に。それが——ミラの信頼を生んだ」
「では、エレナさんが遠くから、この状況を動かしている……」
「そういうことだ」
ルシアンはミラの提案書を丁寧に読んだ。
外交上の問題を解決する糸口が、ここにあった。
この提案が通れば——国王の論拠が変わる。セルディアとの婚姻が、国の安定のために必須ではなくなる。
「兄上に、見せる」
ルシアンは立ち上がった。
国王の部屋に向かった。
「ミラ代表からの提案書だ。これを見てほしい」
国王が受け取り、読んだ。
長い沈黙が落ちた。
「……カルセンが仲介に入るとは」
「エレナが築いた関係だ」
国王が、ルシアンを見た。
「……お前は、まだ諦めていないのか」
「諦めない。何年でも」
国王はしばらく黙っていた。
「……このミラの提案が実現するなら——セルディアとの婚姻は、必要なくなるかもしれない」
「そうだ」
「お前は、そこまで計算して」
「エレナは計算していなかった。ただ誠実に動いた。その結果がここに来た」
国王が、ため息をついた。
「……時間をくれ。検討する」




