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第105話「ヴァルン村の夏」
夏になった。
ヴァルン村は、夏も静かだった。
エレナは薬草師の仕事を続けていた。ジーナ老婆の信頼を得て、村人たちにも少しずつ受け入れられてきた。
子どもたちがエレナの小屋に遊びに来るようになった。薬草の話をすると、目を輝かせて聞いた。
「エレナさん、これ何の草?」
「それはヤロウといって、傷に塗ると早く治ります」
「魔法みたい!」
「魔法じゃなくて、自然の力です」
「おなじじゃん!」
エレナは笑った。
子どもたちと話しているとき——久しぶりに、心から笑えた気がした。
でも夜になると、静かになった。
川の音を聞きながら、ルシアンのことを考えた。
今頃、どこにいるのか。
海外訪問が長いと、アグネスが出発前に言っていた。二ヶ月近く、外を回るはずだった。
帰国しているころか。
仕事は山積みのまま、だろう。眠れているか。ちゃんと食べているか。
(心配は、止まらない)
愛しているから。
だから——こんなにも、遠くにいて、こんなにも近くに感じる。
夏の夜、エレナは一枚の花弁を取り出した。
黒薔薇の押し花だった。王宮を去るとき、持ってきたものだ。
その花弁を掌に乗せて、見た。
まだ黒かった。光を知った後も、この色は変わらなかった。
(あなたは、今どこにいますか)
声に出さずに、聞いた。
答えは、来なかった。
川の音だけが、続いていた。




