第102話「エレナの春」
ヴァルン村に、春が来た。
野原の花が一斉に咲き、川の水量が増えた。山の雪が解けて、村に新鮮な水が流れ込んでくる。
エレナは毎朝、川沿いを歩くようになった。
王宮の庭の散歩と似ていたが、違った。
王宮の庭は整えられた美しさがあった。でもここは——整えられていない、野の美しさがある。雑草と花が混ざり合い、石が転がり、水が好き勝手に流れている。
エレナはその混沌とした美しさが、好きだった。
ジーナ老婆とも、少しずつ打ち解けてきた。
「あんた、字が読めるんだね」
薬草の本を読んでいたエレナを見て、ジーナが言った。
「はい。少し」
「少し、じゃないね。難しい字も読んでいる」
「……王都で、少し勉強しました」
「どこで働いていたんだ、王都で」
エレナは少し間を置いた。
「宮廷で、少し」
「宮廷!」
ジーナが目を丸くした。
「それは——えらいところにいたんだね」
「色々あって、辞めました」
「男の人か?」
エレナは少し驚いた。
「……なぜ分かるんですか」
「そういう顔をしている。好きな人がいる顔だよ、あんた。でも悲しい目をしている」
エレナは窓の外を見た。
「……好きです。今も」
「なぜここにいる」
「いた方が、その人のためになると思って」
ジーナが少し間を置いた。
「その人は、あんたがここにいることを知っているか」
「知りません」
「知らせなくていいのか」
「……今は」
「今は、か」
ジーナが、エレナを見た。
「あんたは、賢いねえ。でも——賢すぎる人間は、時々間違える」
「間違えている、と思いますか」
「分からない。ただ——好きな人が、あんたを探して苦しんでいるなら——それはあんたが思うほど、相手のためにはなっていないかもしれない」
エレナは、その言葉を受け取った。
夜、川を見ながら、エレナはジーナの言葉を考えた。
(ルシアンは、今どこにいるんだろう)




