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黒薔薇の檻  作者: 麗夜
102/150

第102話「エレナの春」

ヴァルン村に、春が来た。

野原の花が一斉に咲き、川の水量が増えた。山の雪が解けて、村に新鮮な水が流れ込んでくる。

エレナは毎朝、川沿いを歩くようになった。

王宮の庭の散歩と似ていたが、違った。

王宮の庭は整えられた美しさがあった。でもここは——整えられていない、野の美しさがある。雑草と花が混ざり合い、石が転がり、水が好き勝手に流れている。

エレナはその混沌とした美しさが、好きだった。

ジーナ老婆とも、少しずつ打ち解けてきた。

「あんた、字が読めるんだね」

薬草の本を読んでいたエレナを見て、ジーナが言った。

「はい。少し」

「少し、じゃないね。難しい字も読んでいる」

「……王都で、少し勉強しました」

「どこで働いていたんだ、王都で」

エレナは少し間を置いた。

「宮廷で、少し」

「宮廷!」

ジーナが目を丸くした。

「それは——えらいところにいたんだね」

「色々あって、辞めました」

「男の人か?」

エレナは少し驚いた。

「……なぜ分かるんですか」

「そういう顔をしている。好きな人がいる顔だよ、あんた。でも悲しい目をしている」

エレナは窓の外を見た。

「……好きです。今も」

「なぜここにいる」

「いた方が、その人のためになると思って」

ジーナが少し間を置いた。

「その人は、あんたがここにいることを知っているか」

「知りません」

「知らせなくていいのか」

「……今は」

「今は、か」

ジーナが、エレナを見た。

「あんたは、賢いねえ。でも——賢すぎる人間は、時々間違える」

「間違えている、と思いますか」

「分からない。ただ——好きな人が、あんたを探して苦しんでいるなら——それはあんたが思うほど、相手のためにはなっていないかもしれない」

エレナは、その言葉を受け取った。

夜、川を見ながら、エレナはジーナの言葉を考えた。

(ルシアンは、今どこにいるんだろう)

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