第100話「エレナの暮らし」
国境に近い、ヴァルン村。
王都から馬車で四日かかる、小さな村だった。
山と森に囲まれていて、川が一本流れている。村人は百人ほどで、よそ者を珍しがるが、敵意は持たない。
エレナはそこで、静かに暮らし始めた。
村の薬草師が高齢で後継ぎを探していると聞いて、働かせてもらうことになった。
仕事は、コルヴィン村の頃と似ていた。朝早くから動いて、薬草を集め、調合して、村人に届ける。単純で、体を使う仕事だ。
「よく動くね、あんた」
薬草師のジーナ老婆が言った。八十近い女性で、腰は曲がっているが目が鋭い。
「宿屋で働いていたので、体を動かすことには慣れています」
「王都の宿か?」
「……少し前まで、王都にいました」
「何かあったんだね」
「色々と」
「聞かないよ。ここは、色々あった人間が来る場所だから」
エレナは少し笑った。
部屋は村の端の小屋を借りた。窓から川が見える。
夜、エレナは川を見ながら、ルシアンのことを考えた。
今頃、何をしているか。
仕事は山積みになっているだろう。眠れているか。草薬茶は飲んでいるか。
(心配している)
それは変わらなかった。好きだという気持ちも、変わらなかった。
ただ——遠くから思うことしか、今は自分にできなかった。
春が来ていた。
村の野原に、白い花が咲き始めた。シロヴェーラと似た、小さな白い花だ。
エレナはその花を見て、王宮の庭を思い出した。
黒薔薇の蕾が、今頃咲いているかもしれない。
(誰が見ているんだろう)
そう思って、胸が痛くなった。




