第99話「海外訪問」
三月になった。
国王が、ルシアンに海外訪問を命じた。
セルディア、ガルデニア、カルセン——三カ国を順番に回る、長い外交訪問だった。
合計で二ヶ月近くかかる行程だ。
「エレナを探す時間を、完全に奪うつもりか」
ルシアンは静かに言った。
「外交上、必要な訪問だ」
国王が答えた。
「ガルデニアとの関係修復、カルセンとの通商条約の確認、セルディアへの——」
「セルディアへの返答が目的か」
「そこで、婚約について正式に話し合いを」
「断ると言った」
「ルシアン——」
「変わらない」
国王が、少し疲れた顔をした。
「お前は、エレナへの気持ちをまだ持ち続けているのか」
「持ち続ける」
「彼女は——自分から去った」
「兄上が説得したからだ」
「彼女が選んだことだ」
「兄上に選ばせられたことだ」
静かな、しかし確かな言葉だった。
国王はしばらく黙っていた。
「……お前は、この外交訪問を断れない。国の問題だ」
「分かっている。行く」
「セルディアでは——」
「婚約は断る。それだけは変わらない」
ルシアンは出発の準備をした。
リーナがこっそりとルシアンに言った。
「殿下、エレナさんを探していただけますか。手紙でもいいので、今どこにいるか」
「探している。ただ——今は行先が分からない」
「エレナさんは、川のそばを選びます。静かな場所を選びます」
「知っている」
「……絶対に見つけてください」
ルシアンは頷いた。
出発の朝、ルシアンは庭に立ち寄った。
黒薔薇の株を見た。
春が近かった。蕾がつき始めていた。
「……咲くのを、見せてやれなくて、すまない」
誰にともなく言った。
エレナに向かって、言った。
それから、馬車に乗った。




