16.商談風景 後編
「テクニック……? それは、いったいどういう……」
耳を澄ますと、東方の商人の困惑した声が聞こえてきた。
「あの温泉はたしかに格別だ。ここを温泉の名所だと謳えば、たちまち観光客によって埋め尽くされるだろう。そして、ここに店を構えることが出来るとすれば、相応の利益になる」
「でしたら、なぜにあのような発言を!?」
「話は最後まで聞かんか、東方の」
そんな彼の首に腕を回して、ぐっと引き寄せる西方の商人。
ちょび髭を生やしたその男は、口元に嫌らしい笑みを浮かべるのであった。
「そうなると、諸々の権利費が高くなる。土地代に、売り上げの一部などな……それを支払っていては、儲けも少なくなるというものだ」
彼は「だから、この村の品位を貶める発言をしているのだ」と、そう口にする。
それの意味するところを理解した俺は、思わず唇を噛むのであった。つまりはコイツ、自分の利益のためにユリアのことを傷付けたのである。
「し、しかし! わたくしは、フェアな取り引きを望んで……」
「だから、お前は甘いのだ東方の。いいか? こういった場合はな――」
そして、次に西方の商人はこう言った。
「――薄汚い下民にも、恵みの金を落としてやるのだ、と。そう考えていればいいのだ。そして搾り取れるだけ搾り取れば、あとはどうなろうと知らん」
そう……「醜い弱者は、ただ強者に従事ていればいいの」だ、と。
「――――――――っ!」
『あっ、リクさん!?』
それを聞いた瞬間に、俺は思わず飛び出していた。
アディアの制止も聞かず、自分の胸の鼓動の速さに任せるように。
「あ、あなたは……!」
「ほほう。これはこれは、先ほどの商談にいた方ではありませんか?」
二人は俺の存在に気付くと、各々異なった表情を見せた。
東方の商人はひどく怯えたような。そして西方の商人は余裕を持って。
「お前ら……!」
「おやおや。何を怒っておられるのですか? 貴方は」
俺を見つめる西方の商人は、鼻で笑いながらそう口にした。
その様子を東方の商人はどこか怯えて見るだけ。どうやら、こちらの商人は悪意を持っていないらしかった。そうなると、癌はそこの髭の男だけ。
「くっくっく……」
しかし、当の本人は悪びれた様子もなく笑っていた。
さらには、こんなことを言う。
「貴方も可哀そうですねぇ。こんな村でしか雇われない、格安の傭兵ですか?」
「なっ――!?」
今度はこちらに喧嘩を売ってきた。
その目を、言葉を、俺は知っている。
それは、俺を馬鹿にしてきたあの四天王の奴らにそっくりだった。
「………………」
だから、だろうか。
俺は不意に冷静になるのであった。
そう。俺はもう、奴らとは決別していたのだから。
『リクさん。大丈夫ですか……?』
「……あぁ、分かってるよ。アディア」
では、何故ここまで怒りが湧いてくるのか。
それはそう。理不尽にユリアや、ここの人々を貶し、傷付けた。
俺にとってはそれが一番許せないのである。だから、こう言うのであった。
「おい。痛い目に遭いたくなければ、ユリアに言った言葉を撤回しろ」
「おぉ、怖い怖い。どうやら貴方も、同じ負け犬の仲間のようですな」
「撤回、しないんだな……」
「ふん。するわけがないでしょう? ほら、こちらには……」
西方の商人はこちらの忠告に、そう返しながら指を鳴らす。
すると現れたのは、商談に居合わせた屈強な男が二人。彼らは下卑た笑みを浮かべながら、俺のことを見てきた。そして、西方の商人はこう続ける。
「このように、一級の傭兵を雇っているのですから、ね」
自慢げに。これが、勝者の姿だと、そう誇示するようにして。
おそらくは、これも汚い金で雇った者たちなのだろう。俺は、そう判断した。
だから、今度は逆に鼻で笑って言うのである。
「はっ……こいよ。薄汚い金の亡者共が」
「なにィ? お前ら、痛い目みせてやれ!」
その言葉に、西方の商人は目を吊り上げるのであった。
そして傭兵の男二人に指示を出す。すると、男達は放たれた矢のようにこちらへと飛びかかってくるのであった。
傍から見れば、それは圧倒的に不利に見えたであろう。
だがしかし、俺は避けもせずに待ち構えた。
「――――――――――」
瞬間、であった。
一歩を踏み出し、男二人とすれ違う。
「な、にぃ……!?」
その事態にいち早く気付いたのは、西方の商人だった。
声が聞こえた時にはもう、傭兵の男二人は俺の後方に倒れ伏している。
「ひ、ひぃ……っ! ば、化物か!?」
西方の商人は尻餅をついた。
そして、そう言って明らかな動揺を見せる。
「さぁ、覚悟は……いいか?」
そんな彼を見て、俺は低い声でそう言った。
睨みつける。すると、商人は――。
「ひっ…………」
――がく、と。
気絶したのであった。
「ふぅ……これで、いいか」
そこに至って、俺は緊張を解く。
これでもうコイツは、この村に関わることはないだろう。
『お疲れ様です。リクさん』
「あぁ、気絶させただけだし。これで十分だろう」
俺に労いの言葉をかけたアディア。
そんな彼女に返事をしながら、俺は踵を返すのであった。
「ま、待って下さいっ!」
「……ん?」
すると、である。
背後から絞り出したような、そんな声がしたのであった。
◆◇◆
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
「えぇ、わたくしだけでよろしければ、この村の発展に協力致しますよ」
場所は変わって、俺たちの家の前。
ユリアと東方の商人は、手を繋いでいた。
『よかったのですか? リクさん』
「いいんだよ。あっちの商人は気が弱いだけで、善良な人だ」
俺とアディアはその様子を、少し離れたところから見てそう会話する。
『そうですか。リクさんがそう言うなら、そうなのでしょう』
あの時、東方の商人は俺たちに謝罪したのであった。
それを俺は許し、今に至る。
「さて。これで、一件落着、かな……?」
『そうですね。あとは、村の改築に精を出すだけだと思います』
これで、とりあえずの準備は出来たはずだと、俺は思った。
「よし、あと少しばかり頑張りますか!」
そして、そう言って背伸びをする。
遠くに見えた夕日には、どこか爽快感すら感じるのであった。
「魔法使い、パーティから追放される。でも、ホントは最強の前衛だった~」
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